2008-10-24

支援隊ツアー08(28)蓮の花奨学金Ⅱニンビン省

8月27日:私たちは、蓮の花奨学金を、ニンビン省の3人の学生さんに差し上げました。
どうやって、この蓮の花奨学金が誕生したのか。ある時、宮尾現会長のところに、ポンと大金を出して下さったご婦人がいらしたのです。折角まとまったおカネを頂戴したので、しかとした目的に使わせて頂きたい、と強く感じました。何回か、宮尾さんにやりとりをして頂いた。寄付をされた女性とベトナムを結びつける花の名前をつけることになりました。将来の逸材が、泥水の中にあっても美しい花を開く蓮の花の名前に託したいと申したところ、ご快諾下さって始まったのです。
今年は、ハノイで3人。ニンビンで4人。クアンガイで2人、合計9人が蓮の花奨学金を使って勉強することになりました。
大釜会長(当時)からホアさんに(1)

写真(1)受領者グエン・ティ・ホアさんは、今年から大学生です。ホーチミンの大学に入りました。お母さんは、ディン・ティ・セーさん。今年53歳。戦争中はチュオンソン連隊559部隊で戦う。ホアさんが2歳の時お父さんは亡くなりました。お父さんは、南ベトナム政府軍につかまり、虎の檻で有名なコンダオの刑務所に5年間入れられたそうです。たくましいお母さんセーさんの手一つで、育てられました。母親のセーさんは、私たち支援隊の活動に大変協力して下さっている方でもあります。

詩人ハイネは、「母はつねに私の心のなかにいる」(番匠谷英一訳 『ハイネ新詩集』)とうたっている。心に母がいる人には、安心があり、勇気がわく。その母に報いようとする時、無限の力がみなぎる。・・・・と、恩師は小説に記しました。

ホアさんは、「将来は銀行員になりたいです」と言いました。私は、「銀行を作って下さい」と、お願いしました。

低所得国で貧困から抜け出すための現地の女性の潜在能力を利用した方法の成功例としてバングラデシュのグラミン銀行のことを思い出したからです。グラミン銀行とその銀行設立者にムハマド・ユヌス総裁がノーベル平和賞が贈られましたね。低所得国では、女性の地位が低く、一生懸命働いても女性が貧困から抜け出すのは簡単ではありません。それを無担保融資で可能にしたグラミン銀行。これまで660万人(ほとんど女性)に貸付け、98%が返済されているとか。

ホアさんは、今問題の財政・金融を勉強すると言うことでした。こういう世界危機がおきないように・・そのためにはいいチャンスです。

ニンビン省の体育大会で「金メダル」をかくとくしたのが良い思い出だそうです。

受領者ナムさんに(2)

写真(2)は、ファム・ティ・ナムさんです。お母さんは、ファム・ティ・ティンさんで、54歳です。チュオンソン連隊559部隊に所属していました。お父さんは、ファム・ダン・カインさん56歳です。

ナムさんは、高校2年生。「将来は警察官になりたい」と、希望を膨らませます。お母さんの身長を軽く抜いた長身の女性です。

(3)宮尾さん(当時事務局長・現会長)からトゥ・チャンさんに

もう一人も、高校2年生のラ・ティ・トゥ・チャンさんです。この日、ご両親とも来てくださいました。お父さんは、ラ・チ・キーさん。59歳。お母さんは、ファム・ティ・ビンさん57歳です。

トゥ・チャンさんは、スチュワーデス希望でした。ベトナムでは花形の職業なんでしょうね。

トゥ・チャンさんの分だけ、証書の文言をご紹介しておきます。

蓮の花奨学金証書
ラ・ティ・トゥ・チャンさん
紅河デルタにある寧平省。10世紀には首都があった歴史ある地で、トゥ・チャンさんが勉学に励めるように、愛のベトナムさわやか支援隊として1年分の勉学資金の一部150万VNDの奨学金をお贈りします。自分の大切な生き方の魂の部分をしっかり持ち、その自分に誇りを持てるように、たくさん勉強してください。
2008年8月27日
受領者側署名
生徒母親 Pham Thi Binh  
寧平省旧兵士連絡会会長TranThiBinh
贈呈者側署名
愛のベトナムさわやか支援隊   宮尾 和宏
立会人 日本国静岡県三島市   金原  昇

【ペイ・フォワード】という映画、ご存じですか? 邦画の題名が、確か【可能の王国】という映画です。世界を変えたいと思う方々は、DVDでもでていれば、この映画をぜひ、お子さんとみて頂きたいです。
「“善意のネズミ講”で幸せになろう!」と、原作者キャサリン・ライアン・ハイドは「ペイ・フォワード」誕生についてこう呼び掛けました。
治安の悪い町で、運悪く車がエンスト。ハイドは、車に近付いてくる男2人に恐怖心を抱きます。しかし男たちはエンストしてしまったハイドの車を快く修理してくれたのです。そこから、この“善意を他人へ回す”という思考が誕生しました。
 受けた好意を相手に返すのではなく、誰かほかの3人に贈る。その3人もまた、それぞれ新たな3人に。
「自分の手で世界を変えよう」という社会科教師の課題に反応して、この「ペイ・フォワード」なる方法を考えた少年トレバーに、ハーレイ君という少年を起用したのが大正解。
彼の憂い顔は、世界を変えたい切実な事情を抱える少年の不安を伝えずにいませんし、それでいて、母親と社会科教師のキューピッド役に張り切る年相応の明るさも見せてくれます。
この3人には、年1回、近況を知らせて欲しいとお願いしました。この日の3人(ホアさん、ナムさん、トゥ・チャンさん)が、成長したら、新たな3人に善意を渡していく・・・私たちはそれで良いです・・・私たちへのパスバックではなく・・・そうすれば、ベトナムはもっと良くなっていく・・・と、思っています。Posted by Picasa

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