スエンさんは、アメリカ軍機が、何かを撒いているのを、何回も目撃していた。「その噴霧が、体に触れたこともある」と言った。爆弾の風圧を受けて、スエンさんは、ハノイのベトドク病院(旧東独友好病院)に入院した。因みに、この病院は、ベトちゃん・ドクちゃんが、生後18日目で最初に運ばれてきた病院だ。
一棟に二部屋だが、庭に立って向かって右の部屋には、息子夫婦らしき家族が住んでいた。しかし、なぜか、車椅子の使用方法を説明していても、一回も顔を出さなかった。車椅子は、特に、人の介助が欠かせないのに。
ティ・スエンさんの右足も左足も動きにくい状態になっている。ベッドの周囲なら、手を使えばなんとか歩ける程度だ。今のところ、スエンさんは両手を使うことはできる。従って、トイレやシャワーを使う時には、人の助けが必要だ。それをご主人のグエン・ヴァン・ニャンさんがやっている。ニャンさんは、1947年3月生まれ。高齢と言っても、61歳だ。奥さんより1ヶ月早く生まれている。ニャンさんの軍歴は聞かなかった。
妻のティ・スエンさんを大きく動かす時は、息子二人が、だっこして移動させるそうである。そして、頭痛勝ちである。腹痛もよくあるらしい。そのために抗生物質を服用しているという。処方はあっているのか。「カネがないので、ある時だけ治療します」と、スエンさんは言う。「若い時は、農業にも当然精を出していましたけど、体や頭が痛くなってからは、何もしていません」と。
二人は、1971年2月に結婚した。子どもが3人いる。長男、次男、長女。この3人のお子さんには、今のところ障害はない。
みるからに貧しいお宅だった。原因の一つは、戦争にまつわる国からの手当の受給が無いことだ。従軍の資料を紛失したために、申請が出来ないでいること。戦争にかり出した以上、生き証人がいるのだから、それを証明することは不可能ではない。行政の中の誰か一人が勇気をもって、手を打てばもう少し快適になるのだが。
二つ目の原因は、所有農地が800平米しかないこと。そこからあがってくる米は350キロと聞いた。この一家に年間100キロ不足するという。
この家族も、1日2回の食事だそうだ。一人ひとりが1回1膳のご飯らしい。おかずはほとんどが野菜で、「肉は食べません」と、ご主人のニャンさん。カネがないのだ。
スエンさんが病気になれば、友人、近所、銀行から借金をし、それは息子が返すらしい。「国からの手当を待っているんですが」と言って、こらえていたスエンさんは、泣き出した。
ニンビン省のビンさんから、車椅子の支援したいと聞いたやってきた。だが、生活支援か、車椅子か、どちらを優先するかと問われたら、事前にもっと分かっていれば、この家の場合、生活優先を私は考えたろう。これは、私自身の反省でもある。それは、以下の理由による。
「10ヶ月前から、体が弱ってきた」とご主人は言った。そしてスエンさんが、「お尻が痛い」と、私にポツリと言った。
そこで、同行の婦人に調べて貰ったら、案の定褥瘡(=床ずれ)ができていた。
そして、もっと驚いたのは、スエンさんがショーツを付けていなかったと聞いたことだ。
褥瘡とは、長時間、皮膚に圧力が加わり、血流が悪くなり、皮膚表面の組織が壊死(エシ)をきたした状態である。もっと、簡単にいえば、皮膚に穴が開くことだ。なぜ褥瘡がおこるか?毛細血管は皮膚の組織に必要な栄養素を運び、不要になった老廃物を運ぶ血管なので、ほんのわずかな圧力でも、この血管が圧迫によって押し潰され、一定の時間(たったの2時間程度と通常いわれている。)が経過すると、その部分の血行がとだえ、組織が破壊され褥瘡が発生してしまう。私たち健常者に褥瘡が出来ないのは、栄養状態が良好であること、無意識のうちにしびれや痛みを感じて体位変換しているからだ。
■高齢の皮膚は皮脂分泌が低下し、発汗も低下し、ドライスキンとなり、皮膚も薄くなる。皮膚再生能力も低下し、一度傷つくとなかなか治癒しない。■栄養が取れなくなると、皮下脂肪が減少し、骨の周りの筋肉も衰退し、骨が隆起した様になる。ズレによる剪断力が働き、傷つきやすい。■褥瘡発生の原因の一つに摩擦やズレがある。骨の突出により体圧の増大、横方向の力(ズレ)等の影響を受けやすくなる。
日本の夏にも匹敵する高温多湿の夏。汗をかくようになり皮膚が蒸れやすくなる。そこで、こまめな着替え・清拭・おむつ交換・密着している部分を中心に皮膚のドライヤー乾燥(冷風)が必要になってくる。
米も足りない。栄養も不足している。そういう中で、車椅子は気分転換になるかもしれないが、車椅子に乗っていても、お尻が痛む。生活支援を考える理由にもなっている。いつか、心ある友人と話し合ってみたい。
「高齢者には与えるケアではなく『よりそうケア』が重要」という点を、この家族をみて痛感した。
私の友人のHYさんが詠ってくれた歌だ。
春風に笑顔を乗せる車椅子
0 件のコメント:
コメントを投稿