2008-10-20

元ソ連兵 やっと口を開く

ロシアの元兵士が、ベトナムからのアメリカ軍撤退35周年を記念して集った。ソ連政府は長い間ベトナム戦争への関与を否定していたが、3000人以上の兵士が、あの戦争を戦っていたのだ。
ベトナム戦争は、アメリカ兵約6万名が死亡し、双方で500万以上の死者をだした、アメリカで最も長い、最も分裂的な戦争だった。
多くの人は、この戦争を、アメリカと南ベトナムとその同盟国が北ベトナムに対して戦った戦争と思っているに違いない。

 
しかし、共産主義の同志として、共産主義の拡大のための役割を果たしていたソ連の男達も、北ベトナムにいたのだ。 彼らは、忘れられた兵士でもある。
ベトナム政府はもちろん、ソ連政府(当時)も、20年近くも戦争に関わっていたことを否定し続けてきた戦争の兵士達だ。ベトナム人民軍戦史局も、独自で戦ってきたと、最近まで主張していた。

ソ連後のロシアの役人が、北ベトナムで抗米戦争に3000人のソ連兵が戦っていたことを認めたのは、ソ連が崩壊した1991年直後だった。

この2月、これらの老兵の一部が、アメリカ軍撤退35周年を記念して集った。アメリカ軍の撤退開始が、1973年1月27日だったからだ。
あの国にいないことになっていた旧ソ連兵

「公式的には、われわれはロシアの軍事専門家で、司令官は、単に上級の軍事専門家と言われていただけだ。だから、技術的には、北ベトナムには、ソ連部隊はいないことになっていた。われわれが知っているのは、われわれはソ連人であり、ソ連兵だったということだけだ。そして、(アメリカ軍の)空襲を阻止するために出来ることはなんでもやらなくてはならなかった。空襲の阻止・・これがわれわれのやったことだ」と、ニコライ・コレスニクさんは言う。

ソ連軍事専門家は、アメリカ軍機に重大な損害を与えるために、北ベトナム軍を訓練し、ソ連の対空ミサイルの使い方を指導した。

ソ連兵とともに戦った北ベトナム兵は、その影響を評価してもしきれないと、言う。

威力を発揮したソ連製の対空ミサイル
「抗米戦争では、ソ連は巨大な支援国だった。ソ連兵とソ連製武器を大いに尊敬している。武器は、アメリカ製よりはるかに良かった。だから、われわれが勝利することができたんだ」と、リー・コン・ニエムさんは言う。

2月16日の式典は、老兵の次世代が任務を全うした兵士に会う機会であり、偉大なる国が長期に渡って讃えられることのなかった元兵士に感謝する機会となった。

彼らは、何年もの間、“あそこ”にいないことになっていた兵士だった。「いえ、決して戦ったことなどありません」と言っていたソ連政府。その兵士たちである。今年、ソ連の最後の軍事専門家が北ベトナムのジャングルを後にしてから35年。彼らは20世紀で最大に重要な紛争の一つに参画したことを、ようやく口にすることができるようになった。
アメリカの変化に30年周期を唱えた著名な歴史家シュレシンジャー。アメリカに限らず、やはり一つの明らかなる世代の交代である、と言えるのではないか。そこに将来を見据えた青年が台頭していれば最高だ。
(2008年2月16日RTニュースを元に書きました。訳:記事:北村 元)Posted by Picasa

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