タンさんは、1952年生まれの58歳です。1975年の終戦の年に軍隊に入隊し、7年9ヶ月軍隊生活を送りました。1975年まではフート省にいました。入隊後は、プレイク(ベトナム中部ザーライ省)に派遣されました。終戦の年ですので、南ベトナム政府軍が敗北し、南部地区に政権の空白地帯が生まれないように、南部地区の終戦管理要員として進軍したのではないかと考えます。色々な話があるはずですが、敢えて聞きませんでした。戦闘などは経験されていないと思います。しかし、生々しい戦場の跡を守ったわけです。
今は、ご健康ですか?
「軍隊を辞めたあと、健康は良好です。家内と二人で協力して生活してきました」
お子さんは何人ですか?
「4人です。長女、長男,次男、三男です」
4人のお子さんとも、健康に問題はないんですか?
「普通の人と比べると、健康が優れているとは言えません。また、頭もあまりよくありません」
4人とも学校は卒業しているんですか?
「三男は、高校を卒業しましたが、長女は小学校まで。長男と次男は、中学校しか出ていません。」
ご長女の小学校までというのは、何か理由があったのですか?
「頭が悪いので,勉強できませんでした。長女は結婚して家を出ました。男の子は3人とも働いています。枯れ葉剤の影響と思える障害は今のところありませんが、4人とも智恵が遅れていると思います。」
ここのお宅で、枯れ葉剤の被害者手当を受けている方は?
「私(タンさん)だけです。月の手当は127万ドン(概算で5700円ほど)です。」
不思議なのは、なんとか健康といっていただけに、枯れ葉剤被害者に認定されて、127万ドンの支給を受けているので,何か体の問題があると思います。
この他に収入はありますか?
「農業の収入です。私の家では、千平米の畑から600キロの米が取れます。なんとか足りますが、残りませんよ」
畑仕事は、ご夫婦二人でする。二人で働ける分だけ、やや恵まれたほうだと言えます。
この時、「後1ヶ月で刈り取りです」と仰っていましたので、もう今頃は収穫後です。ここフートは、二期作です。
「今度の収穫は豊作ですか}」と聞きましたが、「ねずみにやられているので、あまり期待できません」と話していました。
農家の天敵ですね,ねずみは。
「畑の面積は千平米で、1回目の収穫は千平米からあがりますが、二回目は半分以下しか畑を使いません。2/3は休耕地にします」
タンさんのお宅には、枯れ葉剤被害者協会を通じて、2頭の豚の支援をしました。
すでに1頭は届いていて、もう1頭を買ってもらうそうです。
「私たちは、飼い主に相談しないで名前を付けました。ご了承ください。ここは、私の娘が支援をしました。名前は娘がつけたので言い難いでしょうが,我慢してください」
1頭目は、トントコ・トン。ご主人のタンさんは、笑いながら、見事に発音しました。2回目は、トンコトトンになりましたが、3回目からはバッチリでした。2頭目は、栗きんとん・・クリキントンです。1回目は慎重に発音して上手でしたが、3回目はクリントンに聞こえました。でも、なんか以下練習しえて見事合格でした。
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