ヴィンフックでの奨学金贈呈が終わり・・ほっと一息する間もなく、この省の559部隊の旧女性兵士のグエン・ティ・ティンさんと話し合いしなくてはならないことが残っていて、帰りの途中で待ち合わせして、ツアー参加の皆さんにも加わって頂きました。
ヴィンフック省での奨学金贈呈実現は、実はこのティンさんの功労なのです。2年前に、わざわざヴィンフックからハノイを通り越して、ニンビン省まで、私たちに会いに足を運んでいらした方です。
「私たちの省にも援助してください」「少し時間をください。いつか、必ず行きます」・・・・これがその時のニンビン省でのやりとりでした。
お嬢さんを囲んで女性だけで・・
2年の時間が経過して、今年、私たちは、ヴィンフック省と隣のフート省に奨学金贈呈を拡大することになりました。しかし、5人の枠で、559部隊の兵士の子息には1人しか割り振られなかったことに、彼女は納得いかない様でした。ヴィンフック省での奨学金贈呈実現は、実はこのティンさんの功労なのです。2年前に、わざわざヴィンフックからハノイを通り越して、ニンビン省まで、私たちに会いに足を運んでいらした方です。
「私たちの省にも援助してください」「少し時間をください。いつか、必ず行きます」・・・・これがその時のニンビン省でのやりとりでした。
お嬢さんを囲んで女性だけで・・
なんとか二人にしてもらえないか・・と強い希望を、私たちに何回も伝えてきました。ヴィンフック省枯れ葉剤被害者協会のタン会長には、最低一人は559部隊の方の子息を入れてあげてくださいと申し入れてあましたが、人選は任せなくてはなりません。枠についても、先方の意向を尊重する必要もあり、日本とベトナムと離れていると、ティンさんを説得することはなかなか困難でした。
結論を申し上げますと、今回は一人で・・と、なんとか納得してくれました。わざわざニンビンまで出向いてくれたことで今回の奨学金贈呈が実現したことは確かで、そのことを知ってもらうためにも、小生の挨拶の中で、ティンさんの功労を触れました。6月の打ち合わせの中でも、省の枯れ葉剤被害者協会の方々にも、ティンさんのご苦労を披露させて頂きました。
ティンさんには、苦労した559部隊の仲間に少しでも支援が回ればという強い同志愛を持っています。そこで、こう申し上げて、次回を期すことにしました。
「ティンさんが、今回の奨学金受領の割り当てに不満であることはよく分かっています。しかし、ティンさんの功労でこういう機会が実現したので、もっと広い気持ちで、5人も救えたのだと考えていただけませんか。そのことは、機会あるごとに、私もヴィンフックで話していきます。そして、枯れ葉剤被害者協会とぶつからないで下さい。こういう支援グループというのは、支援先の不仲を嫌います。仲良く付き合っていってください。少し辛抱してください。皆同じ目標に進んでいますから・・歩み方の速度は少し違いますが、同じ方向を見て行きましょう」と。
最後は、お嬢さんと一緒に記念写真に収まり、笑顔↓で、お別れしました。これからも、機会あるごとに、会って理解してもらわなければなりません。これをいい機会に、また新たな支援の方法がみつかればいいと思います。
ハノイへ入るホン川の高架橋。橋の名は”タンロン橋”です。下を流れる川の水は、中国での大雨を反映して、6月の時よりは遥かに増水していました。
0 件のコメント:
コメントを投稿