2011-02-26

桜田先生の書き遺したもの(5)

私たちの蓮の花奨学金の一部は、桜田基金から受けております。浄財を遺された桜田百合子先生の遺稿をご紹介しております。今回は、その5回目です。
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(4)青春の蹉跌(註1)

 母校を訪れた。戦後の学制改革期のさなか、三保小学校6年卒業とともに「清水高等女学校」へ進学。ここでの6年間が、卒業後の私の長い人生行路、生き様に与えた影響は計り知れないほど大きいことが、じわじわと伝わってきた。
 半世紀前の1951年の私は、清水西高校の2年生(通算在籍5年目)。冷戦体制下の当時、アメリカによる占領政策の右傾化、左翼思想・活動の弾圧が強まり、この国の教育も”赤狩り”で名高いイールズ旋風(註2)など、戦後の民主化動向を大きく切り替え、逆行させていた。こうした動きに対して、全学連の指導のもと、各地の大学生を始め、ときに高校生も傘下に加わり、反対運動を展開していた。我が清水西高校も、埒(らち)外ではなかった。清水西高生徒会(当時の前期会長が宮本文代さん、その後釜が私)が繰り広げた運動の中心スローガンは、「授業料値上げ反対」で、ビラを配り、クラスで決議し、全校集会を開き、校長にその旨を当局(県)に達するように迫ったのだった。

前代未聞の反対運動を、しかも旧制の「名門」高女で、女子高生たちが行ったことが、一大ニュースとして伝えられ、当時としては、常識はずれの不始末として受けとめられた。

 結局、校長(諏訪卓司氏、後に県教育長)が県当局から責任を問われて左遷され、その後の反動攻勢に結びついていったのだった。この運動での主だった生徒たち(当然、私も)は、個別に呼び出され、反省と悔悛を迫られた。家庭でも、「とんでもないことをした娘」として、それぞれが「お仕置き」状態に置かれていた。大波が一斉に引いていくような日々が続いた。
1950年頃のGHビル
 1951年の冬、私は、クラス担任の渡邊渡先生に呼び出された。夕日が斜めに差し込む生物室で、先生から、「君は聞く耳を持たないだろうけれども・・・」、と前置きされながら、これまでに私のシデカシタ事がらへの反省を促されたのだった。鈍感で無神経な私ではあったが、確かな事は、ここにいたり私には、体制の価値観や世間の常識と言われるたぐいは、到底納得できるものではなく、眉ににつばをつけてかかる以外に私という人間は、存在(自己同一性)しえないだろう、と思い至ったのだった。

 世情は、朝鮮戦争を契機に、自衛隊(前身)の創設や特需で沸き立ち、神武景気やその後の空前の経済成長を準備していった。卒業後の私は、世間並みの就職(一流企業への)はできるはずもなく(警察などがマークしていたので)、望んでもいなかった。むしろ、こうした矛盾だらけの社会を変革するための力量をつけたい、そのために役立ちたいと、純粋に願っていた。その働きぐちでは、あれこれの経過を経て、清水市内で電気機器を製造・修理する工場へ、一応、事務員として就職し、約8年間在職した。

 ここでは、50にんほどの若い男女が工員として働いていた。ほとんどの家庭が貧しいために、中学校卒なのだが、とても素直で勤勉、向上心も高く、西高での級友たちとは一味異なった生身の友情と感動的な人間関係を築くことが出来た。歌声が響く工場内で、コーラスサークルやスポーツ大会、ハイキングなど経営者側も奨励して活発であった。

 そんな日常的な交流を通して、社会的な事柄への関心も進み、例えば破防法反対のデモが行われた際には、工員の多数が隊列を組んで参加した入りした。こうした集団的な行動を積み上げて遂には労働組合の結成となり、中小企業ながら組合運動の順調な展開となってゆくことになった。ここでの体験は、西高で、おぼろげながら培った私の人生観や生き方に、確かなゴーサインを与えることになった。
接収された第一生命館↑。現「DNタワー21」(手前は皇居の外堀。後ろの高層部分は後に増築したもの。旧第一生命館は外観保存の上改築されたが、マッカーサー執務室はそのまま保存されている)

 が、ここでの私の役割はすでに無く、次なるステップを踏み出さねばならなかった。忘れもしない1960年、私は東京へ移り住む事になった。(2001年4月21日記)
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*註1 物事がうまく進まず、しくじること。挫折。失敗。
*註2 イールズ旋風:占領下日本の大学で起きたレット・パージ。東北大学イールズ事件とは1950年(昭和25)、GHQ教育顧問イールズ (Eells Whirlwind)の反共講演が学生の猛反発を受けて流会に終わった事件。当時、日本の大学は、大学管理法案等の形で大学自治が脅かされていた。

北村 元 愛のベトナムさわやか支援隊since1990
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