2011-05-28

人間・動物・環境は不可分です

文部科学省は5月27日、宮城県気仙沼市沖から千葉県銚子市沖まで南北約300キロにわたる海底の土から、最高で通常の数百倍に当たる濃度の放射性物質を検出したと発表しました。文科省は「海底も汚染されている。海水や餌を通じて海洋生物に蓄積し、海産物に影響が及ぶ恐れがある」 としています。東京電力福島第1原発から海に流出した汚染水に含まれた放射性物質が、広範囲に拡散していることが裏付けられた。 東電は、こういうことを知っていたはずですね。あるいは、少なくともこうなるであろうことは。そして、原子力安全保安院も、原子力安全委員会も、こうなることの予知能力があったはずですね。

このこと一つとっても、人間と環境は不二であることの恐ろしさを十分学べますね。まして、1961年に猛毒の枯れ葉剤がアメリカ軍によって撒かれた旧南ベトナムでの枯れ葉剤被害は容易に想像できると思います。動物と環境も不二、人間と動物も一体不二です。
ベトナムは昔から、人と自然との調和を尊重することでは有名な国でした。1961年に枯れ葉剤をアメリカ軍が撒き始めて、旧南ベトナムの環境が破壊されていきました。ベトナム人がいかに自然の環境の中で暮らしていたかを示す一端をお話ししましょう。
 ここが全体の中で共存できるということは、素晴らしいことであり、共存とは一つ一つを引き離すことは不可能であるという考えです。このベトナムの考え方は、生活のいろいろな面に反映しています。特に、ベトナム語もその一つです。
 かつて動物王国だったベトナムには、日常の会話の中に人びとの智慧が込められたものがあります。動物への深い洞察は、人間の特徴を表すための表現として使われます。それは人の姿を現すものから、人の個人的特徴まで種々です。動物への類似点は、言語を創造的かつ想像性に満ちて使用します。それがまた、ベトナム語表現を豊かなものにしていると言えます。

 人の顔の特徴を表す表現としては、フェニックスの目や蚕の眉毛を持った人という表現があったり、うなぎのように小さな目を持つとか、カエルのような眼(まなこ)、ゆで豚のように大きくて白い目・・とか、ライオンのように大きな鼻とか言う表現をすます。

 さらには、オスの木登り魚のように痩せているとか、豚のように太っている(これは日本でも使われた時代がありましたね)とか、コウノトリのように長い首という言い回しもあります。

 しかし、人体の特徴的表現よりもっと面白いのは、生物と個性の類似性でしょうか。

 リスのようにすばしこい・・・亀のようにのろい・・水牛のように強い・・・カタツムリのように弱い・・・おんどりのような筆跡・・井戸の底に座ったカエルのように偏狭な・・・などという表現があります。歴史がどこかで繋がっているので、少しは、日本人にも想像はできますね。こういう無数の表現が、ベトナム語に散りばめられ、日常の会話を構成されています。

 また、生物の一定の行動が、天気の変化を告げる兆しとして表現されています。例えば・・
①カラスが水浴びすると、晴れになる。カバイロハッカ(椋どりの類)が水浴びすると、雨になる。カエルが泣くと、池の水がいっぱいになる。
②トンボが低く飛ぶと雨になる。トンボが高く飛ぶと、晴れの日になる。トンボが普通の高さで飛ぶと、曇になる・・。

 ベトナムのような米生産国では、天候は何はさておき重要な要素です。農家の人は、動物の動きによってどの穀物を先に収穫するかを決めてきました。


 『蛍が現れて木綿の花が咲く時は、ごまの収穫期だ』という具合です。

 人々は、例えばどの動物を買うかといったように大きな決断を迫られた時、そのような言い伝えを参考にしてきました。良い水牛とは、コウノトリのように長い首をもったものが良い・・とされてきました。

 調理の表現もあります。すべての動物に特定の方法があるようです。
●にわとりをカリカリにするには、レモンの葉で。●豚料理には玉ねぎが必要である。一方、犬料理には、カヤツリグサ(着香料として、刺身のツマなどに用いられている)が必要だ・・・などです。

ベトナム人や少数民族の言語表現には、動物の行動性、人との類似性に深く根ざしたものがあります。そういう文化が、ベトナム語を豊富な表現にさせていますね。ですから、ベトナム語の習得も容易ではありません。
 
  上の写真は、ハノイから東へ約30kmのところにあるバクニン省のドンホー村で作られた版画です。もう16年前に買ったものですが、色は新鮮です。ここにも動物が描かれていますね。ドンホー村は、伝統的な絵が描かれた版画を作る村です。ドンホー版画は、かつては貧しい庶民が旧正月を華やかに迎えるため、また将来の繁栄を願って作られたものでしたが、そこに生き生きとした庶民の生活や風刺が描かれています。500年の伝統を誇るドンホー村では、現在わずか2軒のみが伝統的製法で版画を作っています。このことは、いつかまた、別にご紹介するチャンスがあると思います。

北村 元 愛のベトナムさわやか支援隊
       Love & Support Vietnam since 1990
<本ブログの無断転載・複製を固く禁じます>Posted by Picasa

2011-05-26

蓮の花奨学生からの便り(33)

33回目のお手紙は、ニンビン省のクエンさんからのお便りです。ハノイの大学で勉強しています。
前回の32回目のお手紙(リン君)に次ぐすばらしいお手紙です。4月17日の発信で、10日かかって日本についています。
葉書をポストに投函

ベトナム 2011年4月17日
拝啓
愛のベトナムさわやか支援隊の皆様へ
皆様、お元気ですか?
私は東日本大震災や津波の影響で、心が痛みます。損失と悲しを繰り返したくはありませんが、私が一番言いたい事は、日本人にすごく感心したことです。苦難と困難の中にも、日本人は心強さと勇敢な心を持って、困難があっても決して負けないと言う姿を世界に見せました。自然災害による破壊は大きいですが、日本人は、冷静でお互いに頑張って協力していると世界が賞賛しています。私は日本の皆様に出会って本当に誇りに思います。
savejapan2
実は、2011年3月11日に東日本大震災の情報を受けた後、英語の手紙をあるメールアドレスに送りましたが、返事がありませんでした。あとで、間違ったところに送ったことがわかりました。その時、タイン(外務省)様に電話して、皆様の住んでいる所は、地震に影響されなかったと聞いて、本当にホッとしました。でも、皆様は、本当に無事なんでしょうね。生活などは、別に何も変わらないですね!?
 
 私はインターネットでよく日本のニュースを見て、現在の日本は、徐々に回復していくから、すばらしい国だと思います。この災害の影響で、日本の復興に長い時間がかかるかもしれないですが、日本人は不屈の意志が強いと思いますので、絶対にこの困難を超えて早く復興すると信じています。
がんばれ東北!がんばろう日本(日本地図と日の丸メッセージ)
 ところで、私の家族は皆元気で、妹のニャンは2週間前に病院で輸血して、現在健康的に輝いており、元気になっています。彼女は勉強でがんばっており、常に高得点を取りますので、先生と友達に好かれています。母は、田んぼでの作業、編み物や鶏と豚の家畜の世話などをやっていますので、時々疲れて、病気になる時もありますが、私たちのため、大変な仕事を頑張ってやってくれています。
中央がニャンちゃんです
私は成績は普通で、5月末に後期の試験を受け始めます。あと残り1年で卒業しますね。でも、これから就職活動が始まるので色々心配しています。実は、家族の面倒をみてあげられるようないい会社にと願っています。早く就職が決まったら良いですね。ベトナムでは、インフレで物価が急激に上昇していますので、現在の生活は大変です。私は毎日の支出のためにいろいろなことを工夫する必要に迫られています。
 
4月30日と5月1日は、ベトナムの統一記念日と国際労働日です。この2日間は、学校が休みですので、お母さんに会うために帰省します。
後に、日本及びオーストラリアの皆様は、どうかお元気で。どんな状況にあっても頑張って、生活のあらゆる困難を超えて克服し、日本の皆様の早い復興をお祈りしています。
 皆様の返信の手紙を楽しみに待っています。

PHAM THI KHUYEN より
f2593
クエンさん お手紙ありがとうございました。
ベトナムから10日で着くようになりました。かつては、2~3ヶ月かかったこともあり、また、着かなかったこともありました。こうやって、お手紙が着くと、とてもうれしいです。

震災勃発直後に、タインさんにお電話くださったそうで、ありがとうございました。いままで、私たちと一緒にベトナムに行った方々は、無事です。ご心配ほんとうにありがとうございました。

ニャンちゃんの輸血も定期的におこなって、健康が保たれているのはうれしいです。
次のベトナム行きのために、ニャンちゃんの写真を一杯用意してありますよ。同じ学年でもニャンちゃんよりずっと年下で、ニャンちゃんも尊敬され、皆も慕ってくれている姿を想像すると、ほんとうに心が温まりますよ。ベトナム社会の基盤に”暖かみ・ぬくもり”があるのを感じます。
いま、震災のあった東北地方は、片付け、絆・・・とかいろいろの言葉が飛び交っています。社会の蘇生に全力をあげています。医療関係者の支援も相変わらず続いています。一日も早く、安心して生活出来る町や村の再興を願っています。その前に、大事な人を亡くしてしまった人たちの心のケアも欠かせません。私たち日本人も、当地、オーストラリアでは、今も支援のチャリティが続いています。応援は長期になりそうです。
また、元気でお会いしましょう。お手紙ありがとう。

北村 元 愛のベトナムさわやか支援隊
       Love & Support Vietnam since 1990
                <本ブログの無断転載・複製を固く禁じます>Posted by Picasa

2011-05-25

蓮の花奨学生からの手紙(32)

蓮の花奨学生からの手紙・・今回はとっても楽しい手紙でした。芸術家をめざすフート省のリン君の手紙です。
芸術の秋イラスト
拝啓
愛のベトナムさわやか支援隊の皆さんへ

皆さんにお会してから、もう数ヶ月が経ちましたね。皆さまはお元気ですか?仕事は順調に行っていますか?
私は相も変わらず元気です。私は大学で像彫刻プログラムに参加しました。彫刻した像は大学のキャンパスに置かれました。プログラムの終了時に、他の作品の作成にも参加しました。大学で勉強以外、QUOC TU GIAM と言うベトナムで最初の大学や寺院や神社等の歴史遺跡としての所を見学に行きました。(北村註:11世紀に建設されたベトナム最初の大学。”孔子祠”と呼ばれているヴァン・ミエウ、つまり文廟は、1072年に開かれました。1076年には、この敷地のすぐそばにベトナム最古の大学、国子監Quoc Tu Giam が併設され、アジアのこの地において、中国の貴族や役人の子弟たちが集まる一流の学問所となりました。孔子を祀った聖域は多くの中国風の櫃が置かれ、敷地内の中央に位置しています。文廟と国子監の神聖な空気には圧倒されます。そして、それらは一体となり、アジアでも最も魅力的な観光地となっています。)そして、先生から、従来のベトナム文化や歴史遺跡等を紹介してもらって学習するすべを会得しました。
 日本ではベトナムのように、寺院や神社等がたくさんありますか? いつか機会があれば、一度日本の富士山を直接に見に行きたいなと思います。

これがリン君の作品かな?
 修学旅行が終わって、前期の成績は7.5でした。成績表は大学からまだもらっていませんので、今度の手紙で成績表をお送りするつもりです。卒業の試験が近付いてきました。良い成績を獲得するために、一生懸命勉強しています。卒業したら、良い会社で就職できるように願っています。
ハノイ市内文廟ですね。
今回の手紙は皆さんに送るのが遅くなってごめんなさい。次回は約束通りに送りたいと思います。
いつか皆さんにまたお会いできるのを楽しみに待っています。
 皆さん、お元気で、体を大切にしてください。
HUNG VUONG美術短期大学―クラス:6K

NGUYEN HUU LINH より

+++
 
リン君!大変でしょうが、彫像は楽しそうですね。お手紙に写真を一杯いれてくれてありがとうございました。写真を同封してくれたので、ホーチミンさんの切手が一杯貼ってありました。写真はちょっと画質が劣っているので、全部を載せられず、とても残念です。今度私が撮ってあげたいです。
次回お会いするのが楽しみです。良い成績で卒業して下さい。
 
ちょっと雄王について、説明します。
フン・ヴォン(雄王)は、ベトナムの伝説に出てくる建国の王で。ラク・ルアン・クァン(狢龍君)と帝来の娘の子です。この血筋は炎帝神農氏と龍神の血を継ぐようです。

この2人、男神「水」と女神「山」から100人(!)の男の子をもうけ、百越の祖先となったという。しかし、水と山の二人が一緒にいることは難しく、50人ずつ連れて別れ、50子が父のもと、南に残り、その長子がフン・ヴォンでした。 神話によると、その後山へ行ったうちの長男を雄王(フンヴォン)に封じ(雄王は代々受け継がれる王号で個人名ではない)、文朗国を建てたといいます。 そして、2007年からベトナムの始祖と言われるHung Vuong(雄王)の命日、旧暦3月10日が祝日となりました。

数少ないベトナムの祝日。学校はもちろん休みです。 Posted by Picasa
北村 元 愛のさわやか支援隊
      Love & Support Vietnam Since 1990
<本ブログの無断転載・複製を固く禁じます>

16年ほど前の話になりますが・・

今私は、昔の資料を整理しています。昨日は、ベトナムの資料を整理していました。そしたら、「パスポート売りの商売」という見出しの記事が出てきました。今から16年前の9月27日のチュオン・マイという新聞の記事です。

 クアンチ省(北村註:ベトナム中部。ベトナム戦争時代はベトナム共和国(南ベトナム)の領土でした)の国境の町ラオ・バオでは、パスポート売りの商売が大当たりをしている。パスポート一冊につき、500ドル相当の商品がベトナムへの持ち込みで免税となる。つまり、パスポート4冊あれば、(ホンダの)ドリーム2(バイク)が免税になるということだ。かつての政府17号決議によると、外国へ仕事に行って帰ってきたものは、1000ドル相当の商品の持込みが免税となり、しかも、年に4回まで有効であるとされていた。
 現在(北村註:1995年時点のこと)では、その政府19号決議によって、”全く自由”となり、1回に免税とされる品の額は500ドルだが、1日、1ヶ月、1年間に持ち込める回数は無制限となった。バイクを飛ばしてラオ・バオまで行き、パスポートを5~6冊借りてたうえ、他の人に又貸しすれば1日で結構な稼ぎとなる。

 また元手があれば、自分で商品を買い入れて堂々と国境を超えることも出来る。話によると、ひとによっては1日に3往復する時もあり、利益は月に数億ドンになるという。一体、パスポートの出所はどこで、入管、税関は何をしているのであろうか。

 こういう記事です。やはり、入管、税関も個人的に儲かっていたのではないか・・と、私は想像します。向こう三軒両隣の人びとが、すべてお目こぼしの中で行われないと、こういう密輸はできません。ラオバオは、まだ外国人旅行者に国境を開放していないのではないでしょうか。ですから、暗黙の内に、密輸行為を促進する闇のルートができるのです。

 ラオスから商品を仕入れるのではたかが知れています。それも大元は多分タイから商品が運ばれてくると思います。ただ、一旦ルートが出来ると、思わぬものが運ばれてきます。しかし、いま、この2011年の時点でこういう行為がなされているかどうかは、疑問です。

北村 元 愛のさわやか支援隊
      Love & Support Vietnam Since 1990
<本ブログの無断転載・複製を固く禁じます>Posted by Picasa

少し昔のことですが・・

今私は、昔の資料を整理しています。
今日は、ベトナムの資料の整理の日です。
「パスポート売りの商売」という見出しの記事が出てきました。今から16年前の9月27日のチュオン・マイという新聞の記事です。

 クアンチ省(北村註:ベトナム中部。ベトナム戦争時代はベトナム共和国(南ベトナム)の領土でした)の国境の町ラオ・バオでは、パスポート売りの商売が大当たりをしている。パスポート一冊につき、500ドル相当の商品がベトナムへの持ち込みで免税となる。つまり、パスポート4冊あれば、(ホンダの)ドリーム2(バイク)が免税になるということだ。かつての政府決議17号によると、外国へ仕事に行って帰ってきたものは、1000ドル相当の商品の持込みが免税となり、しかも、年に4回まで有効であるとされていた。
ごく最近のラオバオ
 現在(北村註:1995年時点のこと)では、その政府決議9号によって、”全く自由”となり、1回に免税とされる品物の額は500ドルだが、1日、1ヶ月、1年間に持ち込める回数は無制限となった。バイクを飛ばしてラオ・バオまで行き、パスポートを5~6冊借りてたうえ、他の人に又貸しすれば1日で結構な稼ぎとなる。

 また元手があれば、自分で商品を買い入れて堂々と国境を超えることも出来る。話によると、ひとによっては1日に3往復する時もあり、利益は月に数億ドンになるという。一体、パスポートの出所はどこで、入管、税関は何をしているのであろうか。

 こういう記事です。やはり、入管、税関も個人的に儲かっていたのではないか・・と想像します。向こう三軒両隣の人びとが、すべてがお目こぼしの中でおこなわれないと、こういう密輸はできません。ラオバオは、まだ外国人旅行者に国境を開放していないのではないでしょうか。ですから、暗黙の内に、密輸行為を促進する闇のルートができるのです。
 ラオスから商品を仕入れるのではたかが知れています。それも大元は多分タイから商品が運ばれてくると思います。ただ、一旦ルートが出来ると、思わぬものが運ばれてきます。しかし、いま、この2011年の時点でこういう行為がなされているかどうかは、疑問です。

北村 元 愛のさわやか支援隊
      Love & Support Vietnam Since 1990
                <本ブログの無断転載・複製を固く禁じます>