2011-05-25

少し昔のことですが・・

今私は、昔の資料を整理しています。
今日は、ベトナムの資料の整理の日です。
パスポート売りの商売」という見出しの記事が出てきました。今から16年前の9月27日のチュオン・マイという新聞の記事です。

 クアンチ省(北村註:ベトナム中部。ベトナム戦争時代はベトナム共和国(南ベトナム)の領土でした)の国境の町ラオ・バオでは、パスポート売りの商売が大当たりをしている。パスポート一冊につき、500ドル相当の商品がベトナムへの持ち込みで免税となる。つまり、パスポート4冊あれば、(ホンダの)ドリーム2(バイク)が免税になるということだ。かつての政府決議17号によると、外国へ仕事に行って帰ってきたものは、1000ドル相当の商品の持込みが免税となり、しかも、年に4回まで有効であるとされていた。
ごく最近のラオバオ
 現在(北村註:1995年時点のこと)では、その政府決議9号によって、”全く自由”となり、1回に免税とされる品物の額は500ドルだが、1日、1ヶ月、1年間に持ち込める回数は無制限となった。バイクを飛ばしてラオ・バオまで行き、パスポートを5~6冊借りてたうえ、他の人に又貸しすれば1日で結構な稼ぎとなる。

 また元手があれば、自分で商品を買い入れて堂々と国境を超えることも出来る。話によると、ひとによっては1日に3往復する時もあり、利益は月に数億ドンになるという。一体、パスポートの出所はどこで、入管、税関は何をしているのであろうか。

 こういう記事です。やはり、入管、税関も個人的に儲かっていたのではないか・・と想像します。向こう三軒両隣の人びとが、すべてがお目こぼしの中でおこなわれないと、こういう密輸はできません。ラオバオは、まだ外国人旅行者に国境を開放していないのではないでしょうか。ですから、暗黙の内に、密輸行為を促進する闇のルートができるのです。
 ラオスから商品を仕入れるのではたかが知れています。それも大元は多分タイから商品が運ばれてくると思います。ただ、一旦ルートが出来ると、思わぬものが運ばれてきます。しかし、いま、この2011年の時点でこういう行為がなされているかどうかは、疑問です。

北村 元 愛のさわやか支援隊
      Love & Support Vietnam Since 1990
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2011-05-18

蓮の花奨学生からの便り(31)

今日の奨学生からの便りは、フート省のトゥーハーさんからです。手紙は入っていなくて、成績表だけでした。いい点数の科目もあり、優良可でいくと可もあります。
でも、こうやって送ってきてくださるということは、誠実、真面目な方なのだとつくづく思います。なぜって、自分の成績表を送るっていうことは、イマイチの成績も全部見せるわけですから。
これは、学校が発行した公式の成績表です。昨年8月にお会いした時は、フート省の奨学生5人をを代表して、私たちにお礼の言葉を述べてくださいました。やはり、責任感がある方に違いありません。
『政治』が8点を取れています。『外国語』も8.3を取れています。7.3を取れているのは、『保健教育』?なのでしょうか? いい成績の科目を伸ばし、中間点にあるような点数の科目をもう少し頑張れば、素晴らしいと思います。そうして行くうちに、自分の使命がみつかるのではないでしょうか。トゥーハーさん、ありがとうございました。
北村 元 愛のベトナムさわやか支援隊
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2011-05-16

蓮の花奨学生からの便り(30)

今回の手紙は、ホーチミン市で大学に通うチ・君からです。震災後の日本のことを心配してくれています。
            ホーチミン市、2011年3月24日

愛のベトナムさわやか支援隊の皆様 及び宮尾 和宏さまへ

拝啓

私はホーチミンの経済大学のグウェンタイン・チです。最近、ニュースや新聞で知って、日本の大震災と津波が起きて、本当にビックリしました。皆様とご家族が住んでいる所は被害を受けなかったでしょうか?

日本の大震災の画像を見て、心が痛みます。泣きながら子供を探しに行く母親の画像や津波後のガレキの画像等を見ながら、涙が出てたまりませんでした。その時から、大震災で被害を受けた人の数が減少し、家族に再会できるように、私はお祈りしています。

また、家族を失った9歳の男の子はお腹が空いても、人から優先的に進められた一人前の食べ物を受け取らず、長い列でちゃんと並んでいるという新聞を見て、本当に感動して、この男の子から私は、とてもいいことを勉強させてもらいました。まだまだ感動する新聞記事はありますが、それらだけを見ても、私と友人たちは日本人の精神的強さに頭が下ります。日本のことはまるで鏡のようで、誰もが学び真似るべきだと思います。

現在、トゥー・ドゥック(北村註:ホーチミン市とビエンホア市の中間くらいの場所。THU DUC)という所で、軍隊に入り研修しています。軍の地域から出られませんので、日本の状況はあまり詳しく入ってきません。ですから、オンラインで、友達などと情報交換したり、手紙を書いて送る形でしています。だから、この手紙は遅くなって、申し訳ありません。

私は、本当に心から、日本の皆様がご無事で、安否の確認でき、家族に再会できるようにお祈りしています。ここベトナムでは、ベトナム人達はもちろん、私も大震災の被害を受けた日本の人達に自分のできる限りで寄付して、少しでも力を合わせていきたいと思います。

愛のベトナムさわやか支援隊の皆様は、現在どうなさっているかと心配しています。何回も同じような言葉を繰り返しますが、神様は、日本の皆様が無事に復興出来るように見守っていることを願っています。

最後ですが、皆様、どうかお元気で、お幸せでありますように。日本が一日も早く復興できまように、私は祈ってやみません。
NGUYEN THANH TRI より
お手紙をありがとうございました。
軍隊の研修に入っているなかで、日本のことを心配して下さり、本当にありがとうございます。
原発の方は困難がともない遅々として進んでいませんし、宮城、岩手などの東北地方の被災者もまだまだ苦しい状況です。時間がかかります。ですが、少しずつ・・立ち直りの目は出てきています。肉親を失った人たちはみな、まだ重い心を引きずりながらの生活です。本当に、時間がかかりそうです。
応援をありがとうございます。今年も元気でお会いしましょう。

北村 元 愛のさわやかベトナム支援隊
       Love & Support Vietnam Since 1990
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1964年6月のホーチミンさん

1964年6月に、ホーチミン北ベトナム主席(当時)が、フランスの通信社女性記者のインタビューを受けてフランス語で話しているフィルムがユーチューブにアップロードされ、いな、ベトナムで話題になっているようです。
貴重な映像ですし、とてもきれいな画像ですので、ぜひご覧になってください。インタビューのベトナム語版を富士市在住のレ・タイン・トゥンさんに訳して頂き、それに小生が英語の情報を付け加えたものができましたので、ブログに掲載しました。ベトナム語の邦語訳をしてくれたトゥンさんに、感謝申し上げます。
映像は、ハノイ市内の映像で以下のナレーションで始まっています。
7
ベトナム、ハノイ。Paul BertとPetit Lacの交差点、ラッシュアワー。車はまったく走っていないが、たくさんの自転車がゆっくりと走っている。
普通とは違った世界に浸っているにも関わらず、私たちは北部(北ベトナムのこと)から離れる気にはならない。
不思議なことの一つは、個人的な生活がまったくないことだ。
その代わりに、団結と組織力をもった官僚の指導のもとで、国の建設のために集団的努力が大規模に使われている。
ベトナムは、10年前の1954年に南北2つの国に分断された。国の悲劇の中で、困難な暮らしを続ける多くの家庭は、…それでも南部の戦場のためにすべてを補給している。
記者:主席閣下、南ベトナムでの戦争に、何か軍事的解決策はありますか?
ホーチミン主席:いいえ(ありません)、…なぜなら、あなたも知っていると思いますが、「ベトナム国民は団結しています。ベトナムは一つの国です」。アメリカは理由なく戦争を起こしました。そして、また、ご存知の通り、世界のマスメディアは、戦争を長く続けると、アメリカは泥沼にはまり込み、失敗すると分析しています。

この戦争をずっと続けるわけにはいきません。私は、フランスの政治家たちがこの現実を明確に理解してくれていることをありがたく思っています。

記者:首相はド・ゴール将軍がこの戦争の審判に乗り出す提案すると思いますか?
 ホーチミン主席:あなたは「審判」の意味が分かっていますか? 私たちはフットボールの試合をしているのではないんです。
記者:私がもし間違っていなければ、ジュネーヴ協定の他に、ド・ゴール将軍は南東アジアに統一国家を作るという案を提案しましたが、これについて主席はどう思いますか?

 ホーチミン主席:私も1回言ったことがありますが、この考えはかなり興味深い考えです。でも、それぞれの国の意見ややり方などによります。それは大きな疑問です。この考えに、私は賛成とも反対とも言いません。花に例えると、いろいろな種類(の花)がありますね。白い花、赤い花、黄色い花...きれいな花もある、きれいじゃない花もある。でもそれらすべてを「花」と呼んでいますね。
記者:主席、今回、私たちは北ベトナムに来てみて、ここにはあまりフランスの影響は残っていないと感じました。今、25歳以下の人たちはフランス語を話せません。私たちはフランスが一定の役割を果たすかつての越仏関係を築くことができるか、文化、経済関係の中で、フランスが何かある程度の役割を持てるのでしょうか。大統領どう思われますか?

ホーチミン主席:フランスだけでなく他の国ともそうですが、私たちはいつも文化や経済の交流や協力関係を持ちたい(と思っています)。でも、あなたが前のようにフランスがベトナムに与えた影響力のことに触れているわけではないと思います。それは又別の話です。

記者:はい、その時代はもう終わりました。
 ホーチミン主席:経済や文化の友好関係、またスポーツなど私たちはいつも大歓迎です。
記者:もし、ベトナム南部の戦争が数年後にエスカレートした場合、北ベトナムの経済は今と同じレベルで維持できると思いますか?
 ホーチミン主席:私は、維持するだけでなく、もっと発展すると確信します。ここでは、国民が勤勉に必死に一生懸命働いています。我々の奉仕、熱意、国内の力と、それに加えて、他の社会主義国からの支援もあり、われわれは、日進月歩しており、もちろん将来もそうだと思います。
 
記者:社会主義国のことを話されましたが、これらの支援はソ連と中国のイデオロギー論争に端を発した支援ですか?
ホーチミン主席:そうではありません!兄弟国からの支援は続くでしょう。支援は私たちにとって非常に役立っています。
記者:現在、北ベトナムは孤立しているという見方があります。政治面からいって、中国への依存から脱するのは非常に難しいのではないか、と。これらの意見にどうお答えになりますか?
 ホーチミン主席:JAMAIS!(それは、決してない!)

ユーチューブにアップされたインタビューは、ホーチミン主席の「ジャメ!」という怒りをこめたような力強い言葉でいきなり終わっています。その後には、ハノイ市内の旧正月の風景や軍の映像が見られます。

この映像をご覧になりたい方は
 http://www.youtube.com/watch?v=xtV4Kf0Dhew  を御覧ください。

北村 元 愛のベトナムさわやか支援隊
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2011-05-15

蓮の花奨学生からの便り(29)

最近送られてくる奨学生からの手紙には、東日本大震災を心配してくれている文章が書きこまれています。

今日ご紹介するお手紙には、封筒にも文面にも、お名前が書かれていません。ハノイの消印ではなく、3月30日付けのタンロンの消印になっており、ハノイ市内の郵便局かと思われますが、そうすると、誰なのでしょうか? 字体は女性のようです。ホアさんかな・・では、手紙をご紹介します。
愛のベトナムさわやか支援隊の皆様と北村さんへ

拝啓

私は、ベトナムのニュースや新聞により、日本の大震災と津波の酷さを見たり聞いたりしていてぞっとしました。自然災害で壊れた東日本の姿をテレビで見て、なかなか言葉に出来ないくらいすごく心が痛んでいます。皆様とご家族はご無事でいらっしゃるのかどうか心配しています。

ベトナムでは、日本の国民がこの災害を乗り越えて、一日も早い復興を・・と、多くの人がお祈りしています。それに、ネットワークに接続すると、「PRAY FOR JAPAN」(祈りを日本に!)という英語が書かれて出てきます。

現在の日本は厳しい状況になっているようですが、私たち及び世界の人々は、日本の方々が絶対にこの災害を乗り越えて、早く復興する心の強さを持っていると信じています。

私は大震災の話が報道されてある新聞記事を見て、すごく感動しました。このような大きな災害が起きても、日本人たちはすごく冷静で、お互いに力を合わせ頑張っているという画像を見て、本当に素晴らしい国だと思います。それに、長い行列の中にいる9歳の男の子がお腹が空いているのに、支援された食料の配給を待って秩序よくちゃんと並んでいるのに感心しました。

そして、ある学校の先生は、生徒たちを救うために、危険な所に戻るという話しなど・・・まだまだたくさんの感動する話が新聞に載っています。

私は、何より日本の皆さまが無事で、早い復興が出来るようにお祈りしてやみません。

                               敬具
 優しい気持ちの詰まったお便りありがとうございました。
お名前が分かりませんが、間違いなく女性の文面です。
 少なくともこの数年、ベトナムに行って皆さんに会った人たちは、全く無事です。ご心配ありがとうございます。しかし、その親戚や友人をたどれば、被害に遭っている方はいるかも知れません。事実、私の友人も、福島で被害に遭っています。
 さて、復興と言ってもそう簡単ではありません。復興は、産業の復興だけを意味しません。もっと大事な被災者の生活の立ち直りが伴わないといけません。誰のための復興か・・その視点を欠いた復興に幸福は存在しません。それ無しの復興を急いで、失敗した過去が日本にはあります。

 が、行政の力強い後ろ盾は必要ですが、個人的には強い希望を捨てなければ、復興は出来ると思いますし、その心の芯の強さを持っていると思います。やがて、この国難に打ち克っていく姿を、応援してくださった世界の人びとに見て頂くことが出来ると確信しています。
 ご心配 本当にありがたく、このお手紙もまた、宮城県の友人に転送をさせていただきました。
 どうか、お元気で、勉学を続けてください。

北村 元 愛のベトナムさわやか支援隊
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