2009-11-08

汚染続くベトナム南部

今回は、ハットフィールド社の地味ながら、大きな進展を示した調査にお知らせしましょう。日本では、どこも報道していないので、書いておきましょう。支援を続ける私達にも、元気を与えるものです。
ハットフィールド社は、大きな貢献をしたと確信します。つまり、いろいろといい逃れた北アメリカ政府及びアメリカ軍の外堀は完全に埋められたということです。

ハットフィールド社(2) ベトナム南部を汚染し続ける
エージェント・オレンジの毒素
ハットフィールド社の新たな研究の結果は、ベトナム戦争の最後の弾が発射されて30年以上たっても、ベトナム戦争中にアメリカ軍が使用した除草剤が環境を汚染し続け、健康に脅威をもたらし続けていることを示している。
1961年~1971年の間に、アメリカ軍は、当時の南ベトナムに1900万ガロン以上の除草剤を撒布し、密生したマングローブの森と3倍の天蓋となっていたジャングルに枯葉剤を撒布することで、敵の農作物を破壊し、捉えどころのない敵の覆いをはがし獲った。
その除草剤のいくつかが、今こそTCDD(ダイオキシン)として知られているが、ダイオキシンという非常に強度な毒素を含んでいたということは、当時ほとんどの人が知らなかった。エージェント・オレンジはTCDDに汚染され数多くの除草剤の中でももっと多用されたもので、そのエージェントオレンジのような混合物質を製造中に、TCDDは意図しない副産物として作られたのだった。(北村註:ここは大事なところです)
採決を受けるダナン空港付近の住民(ハットフィールド社撮影)
カナダのハットフィールド社の環境科学者が、先週(9月初旬)研究結果を提出した。それは除草剤に含まれた高いレベルのTCDD(ダイオキシン)が、旧アメリカ軍基地としてのダナン空港内の土壌だけでなく、空港に隣接する湖の堆積物をも汚染し続けていることを示した。 (北村註:空港近くを流れる小川の写真は、前回に載せてあります)

ハットフィールルド社は研究の中で、「土壌」と「湖の沈殿物」から「魚とカモの脂肪」「人間の血液」と「母乳」を、食物連鎖を通してその動きを追跡するためのTCDDの化学的指紋の役として使ってきた。

ハットフィールド社のトーマス・ボアヴァン社長はこう話している。

「我々の仕事は、これが対処可能な問題であることを示している。我々は、今、汚染源を突き止めた。我々は、浄化作業に取りかかるために、国際的な財政援助を必要としている」

戦争終結以来、米環境保護局、医学研究所、そして何百という科学的研究は、TCDDと多数の癌や他の疾病との関連性を指摘してきたところだ。(つづく)Posted by Picasa

2009-11-07

ハットフィールド社の調査結果

ハットフィールド社(1) 

最新のエージェント・オレンジ(ヴェトナム)の調査結果が、第4回米越合同諮問委員会に提出されました。
今回から3回にわたって、ハットフィールド社関連のニュースを掲載します。

【ダナン】ハットフィールド社とヴェトナム政府は、ダナン空港(ヴェトナム)におけるダイオキシン汚染の総合評価の結果を、環境レベル、人体の曝露、被害緩和対策の選択肢研究と題して、9月8日に行われた第4回エージェント・オレンジ/ダイオキシン米越合同諮問委員会に提出した。
この委員会へ提出にともなって、ハットフィールド社の研究は、AFP及びAP通信によって、シカゴトリビューン紙に報道された。
エージェント・オレンジ旧貯蔵地域・ダナン ハットフィールド社撮影
上の写真は、ダナンが米軍基地だった時に、エージェントオレンジを貯蔵していた所の近くを流れる小川です。この水源一帯が重度に汚染されているのでしょうか。

この会議への提出にともなって、ハットフィールド社の研究は、AFP及びAP通信によって、シカゴトリビューンに報道された。

1994年以降、ハットフィールド社は環境と人間社会におけるエージェント・オレンジ/ダイオキシンの影響を評価、軽減するために、ベトナムで主要な有毒化学管理計画を実施してきた。

ダナン空港でダイオキシン汚染の高レベルが記録されたことから、この場所が、米越両国政府の主要な研究対象地域となった。

過去5年にわたって、ハットフィールド社は、国家運営委員会(33委員会)、ベトナム国防省とヴェトナム-ロシア熱帯研究センター(VRTC)の支援を受けて、空港の内外でエージェント・オレンジ汚染の総合的な評価を実施した。

その評価は、環境及び人間の体組織のサンプリングと人間の健康調査を対象とした。研究結果に基づいて、汚染地域の完全な改善計画を実施する前に汚染曝露を軽減するために、ハットフィールド社と33委員会は、いくつかの緩和対策が勧告した。

この地域におけるハットフィールド社の作業は、国際社会からヴェトナムのダイオキシン曝露に関する最も総合的な調査と認められた。その報告書は入手可能である。

ダナン報告を入手希望は圧倒的な数にのぼった。その結果、ハットフィールド社は、関心ある団体には、自社のサイトから完全な報告書をダウンロード出来るようにした。
サイトのURLは: hatfieldgroup.com/about+us/newsdb.aspx?nid=52

ダナン空港(ヴェトナム)のダイオキシン汚染の総合評価のコピー:環境レベル、人体への曝露、そして影響緩和の選択肢に関する報告書は、ハットフィールド社のウェブサイトで10月初めに入手可能となる。(北村註:11月6日現在、アクセスできていない)

ハットフィールド社のNews RSSへの配信か、電子メールを通してハットフィールド社ニュース最新版を受けられる。

ハットフィールド社のエージェント・オレンジの調査をさらに知りたい人には、ハットフィールド社の進行中のエージェント・オレンジ対策専用のウェブページもある。(了)

ハットフィールド・コンサルタント社(ハットフィールド)のご紹介をしておきましょう。
                          
1974年設立。南北アメリカ、アジア、ヨーロッパとアフリカで1,500以上のプロジェクトを引き受けてきたカナダの環境コンサルタント会社。ハットフィールド社は、環境評価とモニタリング、汚染物質監視、GIS(地理情報システム:地図上に様々な情報を重ね合わせ表示・検索・分析などを行うシステム)と遠隔探査(環境情報システム、水生の生態環境と生物多様性評価)の分野で情報提供をしている。
                           
(この項 次回につづく)Posted by Picasa

2009-11-06

英越友好協会のレン・アルディスさん

枯れ葉剤被害者の正義を呼びかける
レン・アルディス氏
「アメリカは、ベトナム人のエージェント・オレンジ被害者に、責任と補償を負わなくてはならない」 先月10月25日のホーチミン市で200人以上の学生を前に英越友好協会事務局長のレン・オルディス氏は、こう語った。

レン・オルディス事務局長は、ベトナムのエージェント・オレンジ犠牲者の支援を希望する人々から署名を集めることを目的にしたウェブサイトhttp://www.petitiononline.com/AOVN/petition.htmlを開設した人です。
この学生会合に出席したすべての参加者は、エージェント・オレンジ/ダイオキシンの化学物質の被害に苦しむ子供たちがどういう運命におかれているか、アルディス氏が収集した文書に心を動かされた。
アルディス氏は学生にウェブサイト上で署名してくれるように求めた。そして、エージェント・オレンジの被害者の正義を求め、また被害者を訪問し、面倒をみるというような活動に参加するように呼びかけた。
オルディス氏は、ホーチミン市在住の枯れ葉剤被害者グエン・ドゥックさん(日本で言うべトちゃん、ドクちゃんのドゥックさん)が書いた手紙を引き合いに出した。 その手紙には、「私はサダムフセインが化学兵器を使ったことを理由にアメリカが絞首刑に処したことに、一種の矛盾を感じます。では、もう一つの国での戦争中に、アメリカは化学物質を撒布し、依然としてアメリカは責任を逃れています。アメリカはベトナムのエージェント・オレンジ被害者に対して、その責任を負い、補償しなければなりません。これは、遅かれ早かれ為されなければならないことです」と、書かれている。
アルディス氏と子供たち

実は、レン・アルディス事務局長は、ベトナム枯れ葉剤被害者協会の名誉会員です。その式典が、2007年6月12日に行われた。

レン・アルディス英越友好協会事務局長氏は、名誉会員になった喜びを表明した。彼は、「VAVA(ベトナム枯れ葉剤被害者協会)の活発な努力が、ヴェトナムで環境と人々にひどい影響を及ぼしているエージェント・オレンジの結果に対して、国内及び国外での関心をますます高めている。エージェント・オレンジの被害者を支援する人々も、VAVAが大健闘していると認めている」と、賛辞を送った。
                       
レン・アルディス氏(76)の初のベトナム訪問は、1989年。それ以来、彼は多くの活動を行ってきた。そして、VAVAグエン・チョン・ニャン副会長は、「多くのベトナム人以上に多くの仕事をやってきた。被害者の日常生活と、正義のための闘争において、エージェント・オレンジ被害者を助けてきた」と認める。

ニャン副会長は、被害者支援のためにレン氏が考え出した名案をリストにするととても時間がかかるほどだと言った。
                            
レン氏はイギリス国内の大学で講演をし、ヴェトナムにおける枯れ葉剤被害者のフィルムも上映した。彼は、被害者の支援に向けて、英国の議員にも動員をかけた。

彼のウェブサイトには世界中の70万人以上が署名していた。私も、署名した。それは、予想をはるかに上回る数字だった。このことは、彼のひたすらの忍耐が、多くの人々にエージェント・オレンジとその深刻な結果を浸透させたことを物語っているのではないか。
被害者を支援するわれわれを含めて大いに啓発を受けるものである。そして、日本の日越議連の先生方・・少しは力になってあげたら・・と強く思うのである。Posted by Picasa

2009-11-05

遠い戦争の遺産

昨日、翻訳記事を載せて、ふと一つの記事を思い出しました。それは、2007年3月14日付けのタイムズ誌に載ったウォルター・アイザックソン記者の記事です。あの当時から、少しの進展はありましたが、2年の歳月をかけるに値する進展だったのかどうか、改めて問われます。
この2007年の記事と、昨日掲載した記事とを読み比べていただければ、幸甚です。

遠くの戦争の遺産
Thursday, Mar. 01, 2007 ウォルター・アイザアックソン 
タイムズ誌(3月14日号)
(日付が違うのは、スペン研究所の機関紙からとったものだからです)


身ぎれいにしなさい。私たちが若い頃に学んだ一つの教えだ。アメリカがヴェトナムから撤退して30年以上がたった。その教えを守る時がきた。最近のヴェトナムでは、他の多くの国と違って、国民も指導者もアメリカに対して、概して友好的である。ヴェトナムは、WTO(世界貿易機関)に加入したばかりだ。そして、アメリカはその最大の輸出市場であり、対外投資の相手国である。インテルは、ホーチミン市近郊で10億ドルを投入してチップの製造工場を建設している。


ひと世代前、われわれは、今日のイラク戦争とほぼ同じくらい扱いにくいようにみえたヴェトナムでの戦争で行き詰まっていたので、そのことには元気づけられる。それはまた、人類の大義でもある。なぜなら、ドミノは必ずしも予想通りに倒れないということ示しているからだ。共産主義者がヴェトナムで勝利を収めた後、彼らはカンボジアと続いて中国の共産主義者との戦いに入った。


しかし、い
まだ1つの悩ませる傷がある。ベトナム戦争中に、アメリカは2000万ガロン近いエージェント・オレンジ(森林を枯らし、ダイオキシンを残した除草剤)を撒布した。また、エージェント・オレンジが使われたか、それを保存した28の汚染地域を残していった。そこでは、エージェント・オレンジが使用されたか貯蔵されていたかだが、適正に保管されていなかった。ベトナム人は、ダイオキシンが筋肉や骨格障害、精神遅滞のような先天性欠損症のような障害は、ダイオキシンが原因だと主張している。ハノイ大学での研究は、ダイオキシンにさらされた人々の間で、これらの問題がより高い発生率を示している。

私はちょうど今フォード財団が後援するアスペン研究所の2
人の同僚とヴェトナムの南北の旅行から戻ったばかりだった。そして、スーザン・べレスフォード会長、チャールズ・ベイリー・ヴェトナム事務所長の下で、アスペン研究所は、エージェント・オレンジ問題の実際的な解決法の発見に努めている。旧アメリカ空軍基地でだったダナン空港周辺地域では、高水準のダイオキシンが探知された。私たちは空軍基地周辺の不毛地帯を歩いて、一つの池のそばの住宅に行った。その池は、数度の試験で毒の濃度が示されたため、遅ればせながら魚釣り禁止の処置をとった。

これらの健康問題に対する責任は、あまりはっきりしていない。アメリカ軍が特別に多量撒布したダナンの南部にある比較的平坦なクアンガイ省では、ベトナム政府によって公式に、ほぼ15,000人の住民がダイオキシン被害者と分類された。北海岸に沿って、私たちはまた、北部海岸沿いにタイビン省に行った。タイビンは撒布地域からかなり離れた所だが、多くの男性が出征して戦った。そして、次世代で高い発生率で先天性欠損症が生まれている。


科学者は、エージェント・オレンジと各種障害との直接的な関連性を証明することが出来なかった。そして、アメリカとベトナムの当局同士も、コンセンサス作りへの試みは成功しなかった。実際、もし双方が科学的証拠を待つと言って譲らなければ、問題解決のための努力は麻痺したままになろう。


実際的で分別のある解決法は可能である。アメリカは、即時に、汚染された地域を囲み、それから浄化作業をすべきなのだ。詰まるところ、われわれは、混乱を作り出してしまった。帰任間近のマイケル・マリン米大使は、フォード財団の補助をうけて、アメリカ政府からわずかな額の資金を獲得することができた
。そして、このプロセスを始めた。

健康問題に関しては、罪や法的責任を問う必要はない。それは、補償問題としてよりは、むしろ人道問題として取り上げることが可能だからである。タイビン省からクアンガイ省まで、リハビリテーションセンター、健康クリニック、家族のカウンセリングの必要と、普通の学校に行くことができない子供の被害者のために教育の必要がある。義務感と礼儀の精神からも、米国政府の援助計画と民間の慈善事業は、ベトナム戦争の最後に残る問題を解決するために前進させるものでなければならない。


ここ数月にわたって、去年8月のヴァニティー・フェアでクリストファー・ヒッチェンス記者とジェームズ・ナックウェイ・カメラマンによる情け容赦のない生々しい記事も含めて、アメリカ国内ではこの問題に関する一般の認識は高まりをみせた。ブッシュ大統領が11月にヴェトナムを訪問したとき、彼が用心深くベトナムのグエン・ミン・チエット大統領と出した共同声明は「旧ダイオキシン保存地域周辺での環境汚染に触れる」必要性と、「障害をもつベトナム人に・・・人道支援のために」触れる必要があった。もし、議会と国防総省はこの計画に取り組むことを選択するなら、この6月にチエット大統領が訪米する頃には、彼らはこの重要な問題の解決へ向けて長い道を歩み始めることができるのだが。


それ至ってこそ、アメリカは最終的にベトナム戦争の最終章を閉じて、仇敵をしっかりした同盟国に変える事ができるだろう。そして、この問題に対処することは、我々の価値観に従って暮らし、基本的なマナーを示すことが、実際、心と精神を射止める最上の方法であることを我々に思い出させるのだ。

2009-11-04

ダウに呼びかけよう

ベトナム枯れ葉剤被害者全国組織の枯れ葉剤被害者協会のグエン・チョン・ニャン副会長から送られてきた資料を、翻訳の上、掲載しました。送られてきたのは、10月28日です。


エージェント・オレンジに関する国際企業告発キャンペーン
ダウ・ケミカル  正しいことをせよーベトナムのエージェント・オレンジ被害者に保証せよ

ダウが約束する企業責任はどこに?

ダウケミカルは、水危機の解決に邁進することを詠って「人間の視点に立つ企業」と自己宣伝している。同企業の製品であるエージェント・オレンジは、科学の世界では最も有毒な物質、ダイオキシンを含んでおり、ベトナムにおける重度汚染地帯では、水と土地に害毒を与え続けていることも含めて、3世代以上も続く人間と生態学的な破壊を引き起こしている。



エージェント・オレンジはダウの責任

何百万リットルというエージェント・オレンジと他の有毒化学物質は、ヴェトナム戦争中にベトナム領土に散布された。化学企業は、当時、枯れ葉剤が人体に有毒であるということを知っていた、かつ、彼らは企業利益擁護のためにダイオキシン除去処置を講ずることをあえてしなかった。1961年から1971年までの間、ダウはヴェトナム領土に死を振り撒き、環境破壊をもたらすことで何十億ドルという利益をもたらした。

ダウ: 非人間的な要因は、ヴェトナムで水危機の原因となる!

これは、彼らの主張だ。
                 
冷酷な結果 – 病んだ世界
300万人以上のベトナム人が、エージェント・オレンジによって死亡したり、疾病にかかるか、障害を引き起こされた。
エージェント・オレンジは、散布を受けた人たちの第2第3世代の子どもに、死、ガン、呼吸器系統の疾病、生殖機能の疾病と重大な先天性欠損症を引き起こす。
エージェント・オレンジベトナムのあちこちで、環境や生態系を毒した。
ダウは、人間の肉体を焼くナパーム弾も製造した。
ダウはインドのボパールで起きた爆発で受けた何千人の苦しみに対しても責任がある。それは、1984年の工場事故で飛散した土地と水の中の有毒化学物質の浄化をすることを拒否したからた。
モンサントは「ラウンドアップ」という殺虫剤の使用を通じて毒物を拡大し、世界の極貧国へ食糧の種を配ることにより食物持続性を機器にさらした危険にさらしている。
ダウは、アメリカと世界各地の自己の工場周辺で、土地と水に毒物で汚染している。
共同行動をとろう! ダウに被害者への責任を果たすよう要求しよう!
 ダウに呼びかけよう:ヴェトナムのエージェント・オレンジ被害者に補償と援助を提供することで、戦争の傷を癒やせと。
 ヴェトナムに作られた重度汚染地帯には致命的な化学物質が環境の中に留まっており、その汚染地帯の浄化をダウに要求しよう。
 それがエージェント・オレンジの被害を受けている米国、カンボジア、ラオス、韓国、オーストラリア、ニュージーランドとカナダの人々に補償する義務があることをダウに呼びかけよう。
 ボパールの環境浄化をせよとダウに訴えよう。

Vietnam Agent Orange Justice committees are forming in the U.S., and across the world

ベトナム・エージェント・オレンジ被害正義者の正義を訴える委員会は、アメリカや世界各地で誕生している。

以上が、送られてきた全文です。一層の理解を深めていきたいと考えますが、いかがでしょうか。 

上記にありますボパール事故について、ウィキペディアから引用しておきます。


ボーパール化学工場事故は1984年に発生した世界最悪の化学工場事故である。インドのマッディヤ・プラデーシュ州の州都ボパール で操業していたユニオンカーバイド社(当時)の子会社の化学工場から約40トンのイソシアン酸メチル (MIC) が流出し有毒ガスが工場周辺の町に流れ出した。この有毒ガスは肺を冒す猛毒である。

事故は12月3日の深夜に発生した。スラムであったため、人口密集地であったことと夜だったために逆転層が生じ、有毒ガスが拡散しなかったことにより有毒ガスでその夜のうちに2000人以上が死亡し、15–30万人が被害を受けた。数ヶ月以内に新たに1500人以上が死亡し、最終的に、様々な要因で1万5000人~2万5000人が死亡したとされる。

現在もなお工場から漏れ出した化学物質による周辺住民への健康被害が続いている。また、工場を管理していたユニオンカーバイド社への訴訟や責任問題が未解決である。

北村 元