2010-07-24

米越対話グループ(4)

米越対話グループの4回目は、IPS(インター・プレス・サービス)の記事をご紹介します。頭の中に断片的に入っている出来事をまとめるには、良い記事です。
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汚染地浄化活動に3億ドル

【ワシントン6月16日IPS】ベトナム戦争が終結して35年。米越合同対話グループは、戦争中にアメリカ軍が広範に使用した“エージェント・オレンジ”の致死的な健康・環境遺産に対応する「10年間、3億ドルの行動計画」を承認した。

対話グループによると、アメリカ政府は、汚染が特に深刻な旧南ヴェトナムの12箇所以上の汚染地の浄化と、エージェント・オレンジや他のダイオキシン入りの枯れ葉剤の被害を受けている人々に、医療や健康関連の支援を拡大することを目的とした援助の大半を提供すべきだとしている。

両国対話グループの共同議長であり、行動計画を発表したアスペン研究所ウォルター・アイザックソンCEOは、「我々は、ベトナム戦争の最大の遺産と両国関係の大きな障害になっている問題について話し合っている」と、語った。

「ベトナム戦争から続いている我々の汚染を浄化することは、BPが(メキシコ湾で)除去しなければならない石油流出よりはるかにコストがかからない」と、彼は語った。

エージェント・オレンジ被害に関するこの対話グループは、アスペン研究所が主催し、フォード財団が資金援助したもので、3年の協議の結果まとまった行動計画は、15年前に国交正常化した米越間の和解では重要な時期にまとまった。

枯れ葉剤のドラム缶
二国間相互貿易は国交正常化の前ですら着実に成長してきており、昨年の貿易額は150億ドル以上に達した。

両旧敵国は、軍事関係でも着実に改善されている。戦争以来初めて、アメリカ海軍補給船が、当時の南ベトナムで最も重要な深海港であったカムライン湾で広範囲な修理を実施した。そしてそれは、一度はそれから南ベトナムであったことのワシントンの最もて用いられました、そして、国防総省当局者は同港への定期的な入港への包括協定の締結を公に希望してきた。

しかし、アイザックソンCEOが注目しているように、エージェント・オレンジの遺産は両国関係の中で長い間ネックだった。 - そして、アメリカ政府は、枯れ葉剤問題解決にあたり、大幅な援助をベトナム政府に提供してこなかった。- 特にアメリカ政府が責任を認めることに消極的であった。

昨年、米最高裁判所は、ダウ・ケミカルとモンサントという枯れ葉剤の主たる製造企業には、エージェント・オレンジへの曝露に起因するとされる先天性欠損症に対する責任はみなされない、という下級裁判所の判断をもとに、ベトナム人被害者原告による訴えを棄却して、5年に及ぶ法廷闘争に終止符を打ってしまった。

「責任、認識とデータ信頼性の問題が、あまりにも長い間激しい論争を引き起こして、研究と救済的な行動を遅れさせてきた。躊躇する時間は過ぎ去った」と、両国の民間人、科学者と政策立案者らが入った対話グループは報告書の中で述べている。
推定500万のベトナム人が曝露した
1962年から、アメリカ政府が枯れ葉剤の使用を中止した1971年の間に、アメリカ軍は、ベトコンゲリラと北ベトナム軍隊に濃いジャングルと食物を利用させないようにと、南ベトナムの全域、カンボジア、ラオスの国境付近に、ほぼ7600万リットルの枯れ葉剤を撒布した。

行動計画で公表された報告によると、これらの枯れ葉剤は、ざっとエルサルバドル共和国の面積に相当する合計およそ200万ヘクタールの森林と、この他に20万ヘクタールの農地を破壊した。さらに、エージェント・オレンジと関連のダイオキシンは、製造企業が規定した濃度の最高50倍の濃さで撒布された。

戦争中に配備された約280万人のアメリカ軍事要員だけでなく、それらの地域に住んでいたほぼ500万のベトナム人が、枯れ葉剤に曝露したと見られる。米医学研究所は、各種のなガン、糖尿病、神経疾患と心臓疾患と先天性欠損症と枯れ葉剤の関連があるとしている。

その上、残留性有機汚染物質(POP)として、ダイオキシンは、環境での分解時間が非常に遅いため、その毒性効果は世代を通り越して続くことになる。
 赤十字によると、脊椎披裂など重大な先天性欠損症をもって産まれた約15万人の子供たちをいれて、推定で300万のベトナム人が、露出からエージェント・オレンジ剤、及び関連した枯れ葉剤への曝露による健康被害をうけている。
1966年のカンボジア国境のゲリラ
アメリカの研究者が約25年、ヴェトナムで枯れ葉剤の影響を調査してきたが、両国は2002年になって初めてこの問題だけで公式科学会議を召集した。

2007年以来、アメリカ議会は、「ベトナムにおけるダイオキシン汚染地の環境改善と関連の医療支援活動」として900万ドルの支出を承認し、そのうちの400万ドル余りが使われた。

 議会は、現在、2011会計年度で、さらに1200万ドルの援助を検討している。

 これとは対照的に、米復員軍人庁(VA)は、昨年だけでも、現在の疾病がダイオキシンへの暴露と関係あると思われるベトナム退役軍人に、ほぼ20億ドルを支払っている。

 エージェント・オレンジ問題対策のアメリカの大部分援助は、民間の資金である。二国間の対話グループの主な出資者はフォード財団で、枯れ葉剤問題についてアメリカ国民への教育活動だけでなく、環境修復費やベトナム人被害者の治療の補助金でほぼ1200万ドルを提供している。
「私は足で書いていくんです」
行動計画は、土壌と湖が最も汚染されている南部ヴェトナムの重度汚染地の浄化に1億ドル、枯れ葉剤曝露に起因する身体障害者のため医療及び関連の支援を拡大するために2億ドルを支出することを呼びかけている。

最も深刻な汚染地は、ダイオキシンが積みおろされたり、取り扱いが行われたり、貯蔵された空港と旧アメリカ軍基地である。

2007年にカナダの会社によって、ベトナム戦争中最大のアメリカ軍基地として使用されたダナン空港の内外で行われた土壌検査では、ダイオキシン濃度は国際基準の300~400倍高かった。

報告書によると、現在観光客が利用している同空港周辺に以前住んでいた住民の母乳と血液からは、ヴェトナムではこれまで最高の、国際基準の100倍以上のダイオキシン濃度が記録された。

報告書の勧告について質問された国務省のP.J.クローリー報道官は、グループの仕事を称賛し、「我々はその報告書の戦略計画に大きな関心を持っている。詳細について検討してみたい」と語った。(つづく)Posted by Picasa

2010-07-21

米越対話グループ(3)

今回のブログも、米越対話グループから、シカゴ・トリビューンの記事をご紹介します。
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枯れ葉剤汚染地の浄化に3億ドル計画 民間人会議フォード財団本部



米越の疾病に関連のある枯れ葉剤汚染地を対象に10年かけて

という見出しがついています。
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著名なアメリカとヴェトナムの民間人、科学者と政策担当者委員会は、ベトナム戦争中にアメリカ軍が使用したエージェント・オレンジと他の除草剤の健康と環境への衝撃をめぐって交わされてきた40年に及ぶ論争の頁を繰ることを目的として、6月16日に一つの計画が発表された。

『10年間―3億ドル計画』は、かつて旧アメリカ軍事施設に貯蔵されたダイオキシ入りの除草剤で汚染されたままの旧南ベトナムに点在する12箇所以上の汚染地の浄化を呼びかけている。
同計画は、ダイオキシン関連の障害者や他の疾病患者のために、医療と他の支援を拡大するものだ。

米越両政府間の協力で、最近の科学研究と小規模の努力を基礎に築きあげながら、同計画は民間財団や人道グループだけでなく、米国政府からもより大きな財政、技術支援を求めている。多くの民間グループが同計画に署名する一方、起草者は連邦政府が経費の大半を荷なってくれることを望んでいる。
「これは、長い間議論の応酬をした政治問題だった。我々は、この報告書が政治の影響力を緩和し、この問題解決に焦点を当てることを望む。最終的にはこの問題を我々の記憶の彼方に置くことが、我々の戦略的道徳的利益にかなう」と、ウォルター・アイザックソン(アスペン研究所CEO、エージェント・オレンジ問題米越対話グループ共同議長)が言った。



同行動計画は3段階に分かれている。最大の汚染地1つであるダナンでは、米越の科学者小集団が浄化作業してきたが、第1段階で、3年間1億ドルかけて、ダナンで修復を完了させた後、他の重度汚染地でも、同様の作業を行う。
枯れ葉剤を散布するアメリカ軍C123輸送機
この他、第一段階では、枯れ葉剤で損害を受けた森林の範囲を評価するための2カ国間の共同研究も含まれている。それは、実質上、重度の影響を受けた地域の森林を再生しようとしているベトナムにとって強力な支援につながる。



最終的には、障害の原因がエージェント・オレンジ剤によるものであったかどうかについての異論のある議論を棚上げして、この行動計画は、先天性欠損症の被害者の登録にとどまらず、障害者の全国調査を行うという高い目標に据えることで、ベトナムの医療制度の改善に寄与することになる。 この行動は、医療従事者の訓練、妊婦の検診、幼児発達の監視という面でもベトナムを支援することになる。
旧ダナン空港北部を警備する
「後ろに下がって見てみると、現在我々が立っている段階は、問題が大きすぎて解決不能に見えないように、問題を結晶化させる案を作った段階だ」と、フォード財団理事長として2007年に対話グループの設立に手を貸したスーザン・ベレスフォードは言った。

フォード財団は、1990年代後期からヴェトナムで科学研究と人道支援を進めてきた。


昨年12月に、トリビューン紙は、エージェント・オレンジの遺産に関して、五回シリーズの記事を掲載した。それ以来、同紙は、枯れ葉剤に曝露したアメリカ復員軍人への障害補償で年間ほぼ20億ドルの税金が使われていると、アメリカ納税者に医療経費を紙上で発表した。

米復員軍人省のデータによれば、この他に、脊椎披裂など他の先天性欠損症で苦しむおよそ1,200人の復員軍人の子供たちへの補償として、年間2000万ドルが使われている。
ダナン空港 ベトナム戦争時代の格納庫が見られる↓
1961年~1971年の間に、アメリカ軍は旧南ベトナム全域と、カンボジアとラオスの国境沿いにほぼ2000万ガロンのエージェント・オレンジと他の枯れ葉剤を撒布した。その化学剤は、密生したジャングルを枯らせ、敵の収穫物を壊滅させるのに用いられた。

エージェント・オレンジが種々の疾病や先天性欠損症を直接引き起こすという説に一部の科学者は依然として懐疑的だが、終戦後まとめられた何百という独立調査では、エージェント・オレンジに曝露した人々が疾病を起こす大きな危険性を持っているという強い証拠が明らかにされている。(つづく)Posted by Picasa

2010-07-14

米越対話グループ(2)ファクトシート

米越対話グループの2回目は、これまでの動きがわかるファクトシートを掲載します。発行はアスペン研究所です。
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エージェント・オレンジ問題で市民対市民の意見交換をしようというアイデアは、2006年にフォード財団が初めて模索したものだ。ヴェトナム戦争の最後にして問題の多い遺産について、この種のグループは米政府当局、企業の指導者らを含めたアメリカ国内の人々の意識を貯めることができるという考えだった。それは米越両国の著名な民間人、科学者と政策立案者の発意として、2007年2月に正式に成立し、両国政府が対処するのが難しいとわかる問題に取り組んだ。それは、実行機関でも、資金調達の組織でもない。

その役割は、次の5つの基調行動を人道的精神で行う必要性を促進することであった。①ベトナム人障害者のための治療と教育センターを設置すること。②米越両国政府と協力して、ダイオキシン抑制浄化作戦を、3箇所の優先汚染空港から始める。③現代的なダイオキシン試験研究所をヴェトナムに設立する。④被害を受けた自然の回復と管理の訓練士を養成する計画を促進する。そして、⑤これらの問題に関してアメリカ市民を教育する。
枯れ葉剤の使用前・使用後(場所不明)
これらの問題に注意を払い、討議のためのフォーラムとして機能することで、いくつかの活動に力強さと重要性が出てきた。

1)リハビリセンターは、エージェント・オレンジの被害者が彼らの能力を蘇生させ、彼らの家族を支え、教育と訓練を楽しめる良好な条件を作るために作られた。健康管理と職業訓練のパイロット計画は『東西財団』の、「障害者のための支援ネットワーク」計画の中で、タイビン省、ダナン、クアンガイ省で行われている。『ヴェトナムの子供たち』は、ダナン市の地方自治体と恊働して、「治療の希望システム」計画にのっとって作業している。『アメリカヴェトナム帰還兵財団』は、6省のダイオキシン汚染地の障害者と居住者の生活水準向上のための、健康管理、医療行為、職業訓練と社復帰計画を提供している。『障害者のためベトナム援助』は、ビンディン省、コンントゥム省、ダナンで、地域医療の改善に努力している。これらや類似の計画は貴重だが、更なる資金が必要だ。

2)米越両政府間の協力は、最優先汚染3空港でのダイオキシン抑制・浄化努力に関して拡大した。環境改善3段階の最初の2段階は、3汚染空港のうち最大の汚染空港のダナン空軍基地完了している。これらは、土地、食物供給のダイオキシン汚染の測定と、同空軍基地北側のダイオキシン沈殿物の封鎖である。セメンによる被覆は、現在最も汚染された土壌を覆った。フィルタータンクは、隣接した地域から汚染土壌を運んでくる流去水を閉じ込める。そして、空港北側に沿った恒久の壁は、地元住民が汚染地域に入って、池で魚釣りなどを防止する。第三段階は、ダイオキシンの浄化だ。これのためと、他の汚染地での同様の作業のために、さらなる財政援助が必要だ。

ヘリによる枯れ葉剤撒布
3)高解像ダイオキシン研究所のために、資金調達が行わた。対話グループは大西洋慈善財団とビル&メリンダ・ゲイツ財団から支援を引き出し、最高水準のヴェトナム持続的有機汚染物質研究所創設に必要な総額675万ドルのうち、540万ドルの寄贈に、最近同意した。その差額はヴェトナム政府が資金提供した。施設は開発中だ。これはヴェトナムの環境管理努力の基幹となり、土壌、沈殿物と人間の組織におけるダイオキシンと類似した有機汚染物質の正確な評価ができるようになる。それは、現在の被害者のみならずベトナムの将来の世代にも利するののだ。

4)被害を受けた森林の回復と管理の訓練生養成計画は、始まっている。対話グループは、枯れ葉剤撒布によって劣化した土地の回復と再利用方法についての訓練計画を支援した。ハノイ国家大学の資源環境研究センターは、この方法をアンチ省で農民、技術専門家と省当局と見事に導入し、現在これをトゥアティエンフエ省にまで広げている。新しい方法が利用出来るようになると、初期の作業はヴェトナム全国の多くの地域で同様に行われるようになるかもしれない。
旧ダナン基地北部
5)アメリカでは、エージェント・オレンジ/ダイオキシンへの人道的な取り組みが、支持者を増やしている。対話グループは、5つの会合を招集し、ヴェトナムの種々な状況に関する報告書を提出した。米国の対話グループのパートナーは、財源と専門知識を提供できる米国の政策担当者、国会議員、国際組織、企業などの教育に取り組んでいる。

現状:ヴェトナムにおけるエージェント・オレンジの影響について取り組む米越の協力関係は、過去2年間で増加した。その結果部分的には、アメリカ議会は、ベトナムにおける枯れ葉剤関連の作業のために、2007会計年度で300万ドル、そして、再び2009年と2010年の会計年度に300万ドルを承認した。財政的には、フォード財団や他のアメリカの財団、さらに国連機関と他の政府からもから支援が来ている。およそ3000万ドルは、これまでに集まっている。しかし、この問題に対するさらに強い二国間の相互協力とより大きな対応が必要である。
 
ダナン地区での採血作業
対話グループの支持で、ベトナム政府と中立の専門企業のカナダの北ヴァンクーヴァーにあるハットフィールド・コンサルティング社は、ダナン空港周辺の環境と、現在の空港地区の住人の血液、及び母乳における残留ダイオキシンに関して、独自に一連の評価を実施した。その結果は、ダナンにおける問題点を分かりやすく指摘した。そこで、生物機能による環境回復(バイオレメディエーション)努力の実現の可能性がテストされている。2009年の調査結果は、2007年の暫定緩和処置がその地域の人々のダイオキシン曝露の減少に成功したことを示した。

対話グループのごく直近の会議は、2009年6月にワシントンDCで行われた。対話グループメンバーはアメリカ下院のアジア問題外交小委員会で証言し、上院外交委員会とも会合を開いた。

次の段階:対話グループは、ヴェトナムにおけるAO/Dの残りの問題に対処する方法を特定した行動宣言と計画を承認した。それは、将来の行動と協力の指標を示し、現在まで進展を続けてきた民間ー役所との協力を強化することを示したものだ。(つづく)Posted by Picasa

2010-07-12

米議会証言の越枯れ葉剤被害者と医師

今回は、アメリカ復員兵と合同でアメリカ政府に正義を求めるベトナム枯れ葉剤被害者と枯れ葉剤被害を長く目の当たりにしてきたホーチミン市の目撃証人の女性医師の話です。
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ワシントンDC-本日、2010年7月12日から16日まで、23才の枯れ葉剤被害者、チャン・ティ・ホアンさんと、ベトナムの有名な産婦人科医、グエン・ティ・ゴック・フォン博士が、エージェント・オレンジに曝露したアメリカ復員兵とベトナム系アメリカ人の子供たちの医療支援だけでなく、ヴェトナムの枯れ葉剤被害者のためにアメリカ政府の正義と援助を求めて、ワシントンでアメリカ復員兵の会合に加わる。二人の訪問は、米越国交正常化15周年を記念するものだ。

チャン・ティ・ホアンさん(写真下)とグエン・ティ・ゴック・フォン博士(写真上)は、アメリカ下院外交委員会(7月15日午後2時から開かれるアジア、太平洋、世界の環境問題小委員会)の聴聞会で証言する。聴聞会は連邦下院議員エニ・ファレマヴァエガモ小委員長が招集するもので、ベトナム戦争中にアメリカが使用したエージェント・オレンジに含まれていた有毒ダイオキシンに曝露したヴェトナムの枯れ葉剤犠牲者の要求に如何にして応えるかを探るもの。

エージェント・オレンジは、戦争中に直接に撒布された人たちや、彼らから数世代の子ども、そして地中や水にダイオキシンが残留する”汚染地”に居住する人々に疾病と障害を引き起こし続けている。

チャン・ティ・ホアンさんは、枯れ葉剤の第二世代の犠牲者で、中部ヴェトナムのビン・トゥアン省ドゥック・リン郡で1986年12月16日に生まれ。母親は、戦後エージェント・オレンジに曝露した。 彼女は2本の足なしで生まれた。そして、左手の手のひらの部分がなく萎縮している。彼女は12才の時から、ホアンさんは、ホーチミン市のトゥーヅー病院内の子どもの施設、平和村IIに住んでいた。ホアンさんは、明朗な頭脳明晰な大学生で、ホーチミン市でコンピューター科学を勉強し、英語に堪能だ。
グエン・ティ・ゴック・フオン博士は、ベトナム国民の健康に関する枯れ葉剤被害では、ヴェトナムの著名な医師であり研究者である。また、ベトナムのNGOであるベトナム全国枯れ葉剤被害者協会(被害者数:数十万)の副会長である。彼女は、現在ホーチミン市医学薬学大学産科・婦人科学学部学部長をしている。

今週、二人はアメリカ下院と上院の議員とアメリカ復員軍人と会談する予定だ。

この訪問は、アメリカ復員軍人、ベトナム系アメリカ人、公衆衛生、環境で法律問題の専門家、宗教・平和活動家らで構成されている『ベトナム枯れ葉剤救援・責任運動』が資金援助したもの。Posted by Picasa

2010-07-09

米越対話グループの行動計画(1)

先月6月に、アメリカは、枯れ葉剤に関する宣言と行動計画を発表した。これは、読んで頂けるとわかることなのだが、アメリカ政府の発表ではないのだ。とりあえずは、アメリカの著名な民間人とベトナムのカウンターパートが話合いを積み重ねてきた結果なのである。私が行動計画を翻訳し、このブログに載せるには、少々時間がかかるので、メディアに出た行動計画の記事を掲載することにしたい。まずは、IPS(インタナショナル・プレス・サービス)のディジタル・ジャーナルの記事だ。
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報告:アメリカは、ヴェトナムの枯れ葉剤被害浄化の費用を負担すべきだ

ワシントン発(2010年6月17日)― 市民、政策立案者と科学者で構成する二国間の私的グループは、ヴェトナムの枯れ葉剤汚染地のうちの14箇所に10年計画で3億ドルを投入する浄化計画をまとめた。

アスペン研究所は、6月16日(水)にプレスリリースで同計画の採用を発表した。そして、現在、彼ら自称ブルーリボン・グループは、計画に基づいて行動するようアメリカ政府に働きかけている。パネル共同議長ウォルター・アイザックソン氏の発言を、IPSが報告する。

36歳の息子の車椅子を押すテさん(右端71歳)ダナンで
「我々は、ベトナム戦争の大きな遺産とこの重要な(両国)関係の大きな障害となっている事柄について議論している。ベトナム戦争から続く混乱(被害)の浄化は、BPが行っているメキシコ湾の石油流出の除去作業よりはるかにコストは低い。

アメリカは浄化経費の大半の3億ドルを支払うという計画の中にそのことは詳細に述べてあるが、「パネルは、他の政府、財団、企業と非営利団体の間の協働行動を求めて話を進めている」と言う。

ヴェトナム戦争中に、アメリカは2000万ガロンのダイオキシンを含むエージェント・オレンジと他の除草剤を噴霧したと、同研究所は言っている。戦争中と戦後に、エージェント・オレンジに直接、間接に曝露したベトナム人は300万~500万人らされたとみられている。そして、さらに280万人のアメリカ軍兵士が戦争中に曝露した。

ヴェトナムとアメリカが、国交を樹立したのはわずか15年前だった。戦争は35年前に終わっていた。アスペン研究所はヴェトナムのエージェント・オレンジ問題の責任が誰にあるかという議論を棚上げ時だと言い、「責任、認識とデータ信頼性の問題で、あまりにも長い間議論の応酬に終始し、治療的な措置を遅れさせてしまった」と、アイザックソン共同議長は述べた。
母親の目はほとんど見えない・・息子は障害を抱えて・・ダナンで
ダイオキシンは残留性有機汚染物質で、エージェント・オレンジと他の枯れ葉剤の中の一成分である。エージェント・オレンジは、木を枯らせるために、アメリカによって戦争中にヴェトナムで使用された。今日、樹木の生えない広大な土地がある。国防総省の主張は、エージェント・オレンジは1065万ガロンしか撒布していないと主張している。

アメリカはヴェトナムの3箇所枯れ葉剤汚染地の浄化作戦で資金を寄贈した。しかし、アメリカ政府は、ベトナム人とベトナム参戦兵士の疾病や障害とエージェント・オレンジとの関連性を認めることを渋っている。ヴェトナムはベトナム戦争の致死遺産としてのダイオキシンによる環境汚染の矢面に立つ一方、アメリカの一部のコミュニティでは、アメリカ国民も高水準のダイオキシンに曝露されていると、アスペン研究所は報告している。

浄化計画の完成には3年かかった。対話というアイディアは、2006年にフォード財団が提案した。フォード財団とアスペン研究所の仲介による二国間の協働作業の結果、ヴェトナムでのエージェント・オレンジに起因する問題に対処する方向へ少しずつ進展を積み重ねていった。例えば、リハビリテーションのセンターをいくつかヴェトナムに開設した。ヴェトナムの3つの汚染地を浄化した。そして、ゲイツ財団が研究所建設の費用を寄付した。

アスペン研究所は、ダイオキシンは危険だと言う。

「(ppt・・・一兆分のいくつという)小量ですら、...アメリカ医学研究所の2009年7月の報告書では、エージェント・オレンジ/ダイオキシンへの曝露と5つの疾病(軟部組織肉腫、非ホジキン・リンパ腫、慢性リンパ球性白血病(絨毛様細胞白血病を含む)、ホジキン病、塩素ざ瘡)との間の関連性には十分な証拠があるとした。
グエン・ティ・タインさん 今日も娘の世話が続く ダナンで
ヴェトナムでは、ベトナム赤十字も、以下の疾病とダイオキシン曝露関係付けている。肝がん、脂質代謝疾患、生殖異常、先天性奇形(例えば唇裂、口蓋裂、内反足、水頭症、神経管欠損、合指症、筋肉奇形と麻痺)、そして、若干の発達障害。

データ表では、ダイオキシンが危険であると警告を続ける。
「それは…数十年に及ぶ有毒な残留性有機汚染物質であり、水溶性でなく、容易に分解はしない。漏洩地域や撒布地域から、地中に吸収されないで流れる表面流去によって運ばれる土粒子に付着し、湖や川の沈殿物に入り込む。それを軟体動物、魚、水鳥が摂取し、簡単に人間の食物連鎖に侵入するからである。

人間の脂肪組織の中で、化学的には安定し、安住し、ダイオキシンは身体機能と生殖過程に関係する複雑な細胞と化学的バランスを変えることになる。早期に発見できれば、その副作用は、ほとんどの場合手術、投薬又はリハビリ療法によって改善することができる。しかし、一部の症状は、どんなに多くの時間やお金をかけても治療で治すことはできない。

遺伝子の影響は1世代を飛ばす可能性もあり、第3世代またはそれ以降の世代に再び現れるかもしれない」と、アイザック氏は話す。

『アメリカの声』放送は、6月17日、国交回復15周年記念の関する米越両国の交渉では、ダイオキシン環境改善についても話し合ったと、伝えた。

アスペン研究所は、行動計画を発表した。Posted by Picasa

2010-07-06

トー・クエンさんを訪ねて

今日のブログでは、昨年の12月24日に掲載したクアンガイ省のトー・クエンさんのお話をしたいと思います。そのために、12月に掲載したトー・クエンさんの手紙を再度掲載します。
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おじさま、おばさま お元気ですか?

  皆様の健康を何時も祈っています。会の皆様はじめベトナムを愛してくれている日本人に感謝しています。特に三田村さんには、感謝しています。

  悩んだ末に手紙を書くことにしました。私は一年間休学する事を決めた事に対して申し訳なく思っています。一年間休学して、働かなくてはならなくなりました。その仕事は、人の家で家事の手伝いをする仕事です。 毎月の給料は50万ドンです。

  私の家族は経済的にとても苦しいのです。父親は私が生まれて一ヶ月で家を出て行って以来、家に戻って来ていません。母親は枯れ葉剤の影響で足を失くしました。私には高校へ通っている兄がいます。家族は私を学校へ通わせる情況ではないのです。

  会から頂いたお金はとっても有難いと思っていますが、学校へ通い続けるには、それでは足りません。そのために、一年間休学する事にしました。

この手紙が皆様の所へ届いた頃には多分、私はクアンガイを離れているでしょう。

遠くまで行って仕事をしなければなりません。

より明るい将来の為に真面目に勉強をして働く事をお約束いたします。

最後にもう一度、静岡の皆様に心から感謝の気持ちをお伝えします。

私のように困っている大勢の子供達を助けて頂く事を願っています。

近いうちにまたお会いする事を願っています。かしこ

里帰りしたクエンさん(右)
この手紙を受け取った宮尾会長も、私も心配した。ほんとうに、学業は復帰できるのか。月々50万ドン(日本円2300円。7月6日現在で1円が217ベトナムドン)が、どうにかならなかったのか。いや、どうにかならなかったから、彼女が自ら働きに出たのだ。
この手紙に示されたことは、勉学を中断しなくてはならないことを正直に述べたこと。そして、勉学継続の意志を明確にしてあったこと、だ。
とにかく、クアンガイまでいくなら、さほど遠くなさそうなので、自宅訪問をしようと、現地の協会を通じてお願いをしておいた。
三田村さんから証書を受け取るクエンさん
省都クアンガイの町をはずれ、人家がまばらになったところで、道は拡幅工事のために、相当な悪路になった。発展するベトナムの見慣れた風景ではある。私たちのヴァンはさほど大きくないないのだが、工事のため電線が垂れ下がり、行く手を阻まれた。同行の外務省氏が枯れ枝をみつけてきて、電線を持ち上げてくれた。それでも、その先は車が通れる路面ではなかった。後は歩きだ。ベトナム語で、「歩き」は「ディボ」という。「ガー・デイボ」と誰かがいうと、皆から笑いがこぼれた。
ガー・ディボとは、歩く鶏のこと。ブロイラーの鶏ではないから、食べると美味しい。へんじて、みっちり歩かされるよ・・という意味だ。

掘り返した道路工事のはずれのはずれに、トー・クエンさんの家があった。
家は、枯れ葉剤被害者協会の支援なのだろうか、小さい家だが新築の感じだった。中は、家具もほとんどなく、がらんどうだった。
待ってましたという勢いで、クエンさんが出てきた。お母さんもいらした。

「ごめんなさい、いま停電で」と、クエンさん。この暑い時に、停電はつらかろう。
今年は、100年ぶりという異常渇水で、どこへ行こうが、計画停電が待ち受けていた。
私が、ハノイに住んでいたいた時など、異常渇水でなくても24時間停電、48時間停電などあったので、6~7時間は驚かない。8月の支援隊ツアーも、この延長だろうかと、不安がよぎった。

奨学金授与時のクエンさんと家内
クエンさんは、元気だった。それは、うれしいことだった。この前日の深夜に、私たちに間に合わせるように、帰ってきてくれたのだ。女中奉公(放送禁止用語に近いが)にでた先は、理解のある家のように思えた。今回の里帰りで、交通費も出してくれたらしい。そして、もっとうれしかったのは、学校には通えないが、近くの塾での勉強は認めてくれいるという。だから、3科目を、その塾で勉強して学業を最低限続けているのだという。立派な勤労学生ではないか。
彼女は、私の家内と一緒に写真を撮ったことを覚えていてくれた。真っ先に、「奥さんはお元気ですか」と聞かれて、胸を打たれた。そして、横に座って、内輪で風を起こしていくれているのだ。
私は、彼女の内輪をとって、風を送ってあげた。

なぜ、彼女を家内と一緒に写真を撮ったか? 6人の奨学金受領者の中で、一番寂しそうな印象を受けたからだ。少しでも連帯意識をもってもらおうと、家内と一緒に並んでもらった。

大変ななか、なんとしてでも卒業してくれればうれしいし、奨学金の役目もそこに見いだせる。だが、卒業だけにとらわれる必要はないのではないか、と私は思う。肩書きだけの高卒 大卒は意味が無い。
大事なことは、奉公という大変な仕事の中ですら、書を開き、前に向かい、光を求めて向上のための努力を惜しまない人に、いずれ幸が輝く日がくるということを忘れないでもらいたい。まして、父親に捨てられた彼女が、まっすぐに育っていることだけでも、お母さんにとって大変な財産だ。
宮尾会長と私は、相談して、塾の費用の一部を、支援隊でお預りしている沼津西ロータリークラブの資金から補助してあげることにした。そこには、クアンガイ省枯れ葉剤協会の方も立ちあって頂いた。そばに付きそうお母さんも喜んで下さった。
沼津西ロータリークラブさんも理解してくださると思う。

彼女は、私たちを見送った後、午後には、また長駆、バスで奉公先に戻るという。たった一日のお休みを、遠路戻ってきてくれたことに感謝をし、再会を約束した。まず一人の奨学生と、絆は太くなったと思う。そうして、健康を大事に、少しでも勉強を継続してくれればと、握手した手に力が入った。Posted by Picasa