2005-11-24

枯れ葉剤被害者在宅訪問物語(1)

ホアン・ティ・リエンさんのケース
 私が初めてリエンさんにあったのは、2003年11月26日。その日は、彼女が103軍病院に診断に行く前日で、ハノイの友好村だった。

「お尻に腫瘍が出来ている」と本人は言った。しかし、実は銃弾が残っていたのだ。「ヴィエッチ市に戻ってから治療を受けたい」と、友好村の先生にだだをこねていた。「ハノイで手術を受けると面倒を見てくれる親戚も誰もいないので・・」
「とりあえず、103軍病院で診察しましょう」と言って、友好村の先生はなだめた。

 リエンさんは、1951年1月26日に、タインホアで生まれた。リエンさんが559部隊に入隊したのは、1971年1月1日。アメリカ軍による枯れ葉剤撒布作戦が中止された年である。リエンさんが派遣された戦場は、国道9号線とラオスの南部で、派遣された多くの女性がそうであるように、彼女も工兵として道路工事に従事した。道路工事中の住まいは、山中の洞窟だった。一度トンネルが崩壊したために、手を骨折し、体にも負傷したので、炊事係になり、 1974年まで戦場で従軍した。
 
 実はこの6行の話をするのが、相当に大儀そうだった。当時52歳だから、本来なら、元気はつらつとして話が出来るはずである。すでに耳も少し遠くなり、口の周囲の筋肉が硬直化しているために、話しにくそうに話す。だから、話が聞き取りにくい。友好村では、口腔ガンの疑いもあるという。

 昼間の道路工事で、汗をかいたり体が汚れたりするので、アメリカ軍の爆弾で出来たクレーターに溜まっている水を探しに行って、体をきれいにした。実は、汗は流れるかもしれないが、体を汚染しているようなものなのである。ただ、爆弾のクレーターを探しに行って、爆撃された経験があるので、出来るだけ安全なジャングルの中の泉を探した。
 
 リエンさんは、今、多くの健康の問題を抱えている。睡眠が少ない。体がだるい。友好村からは、内臓にも問題があると言われている。右の肘がまっすぐ伸ばせない。右手で重い物はもてない。そして、聴力も落ちて、人の話が聞こえにくい。「少し前までは、こんなに話しにくいことはありませんでした」と本人も言う。
  
 この時から、丁度2年近く。今回、私たちの愛の支援隊は、フー・ト省のリエンさん宅をを訪問した。ヴィエッチ市の少し小高いところに、彼女の家はあった。
 
 わずか2年の歳月が、人をこれほど衰弱させるのかと驚きを禁じ得なかった。夫のトーさんが、妻の手を支えて出てきた。 辛うじて人の手を借りずに歩けるが、そばにいれば手を貸してあげたくなるほどおぼつかない。上の写真(前列左から3人目)では、彼女の右側の旧友が腕を支えてくれている。 下の写真は2年前のリエンさんだ。

 夫のトーさんは、サイゴンへ向かう時に、チュオンソン山脈を南下中に、リエンさんのいる地域に、1週間滞在して、71年にリエンさんと知り合った。「やさしそうで、おとなしそうで・・」 トーさんが一目惚れし住所を交換した。終戦になり、生きて帰ってきたので、1977年にハノイ西方のソンタイで結婚した。

 リエンさんは、1971-1974年まで、クアンチ省のチュオンソン山脈で工兵として従軍し、道路造りに励んだ。当時の話をリエンさんに聞いたが、全く思い出せない状態だった。

 リエンさんは、記憶力が富に衰え始めた。障害度としては75%という。友好村から帰ってからは、さらに声が出にくくなった。全身が痛む。食欲がない。食事の量は少量となっている。この女性も、枯れ葉剤被害の手当を受けていない。ヴィエッチ市で枯れ葉剤被害の手当を受けているのは、トーさん家族だけだ。
 3人の子ども(長男、次男、長女)が全員健康であることが救いだ。年金暮らしのこの夫婦2人が、自立して会社を興している子どもから、経済的に支援をしてもらっていることだ。

 今は、何も出来ない。シャワーを浴びるのも、夫が手伝う。戦争にいく前は56キロあった体重が、今では36キロ。写真でもわかるように、全身がやせ細っている。病院に行って診察を受けても、病名が確定できない。現在は体内に腫瘍ができているらしいが、部位は話してくれなかった。臀部に受けた銃弾は、除去手術を終えた。

 リエンさんは、いま、2-3ヶ月に1回病院に通っている。杖を使わなくても歩ける距離は4?5百メートルだが、坂道は誰かに支えてもらわないと歩けない。甘酒が好き。
 生きて、生きて、生き抜いてほしい。家族のためにも、そして戦友のためにも・・。しかし、心配だ。ダイオキシンは、時間の経過とともに人を急速に弱めていくのだ。(文:北村 元:元テレビ朝日 ハノイ支局長 現在フリー・ジャーナリスト)
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拙著『アメリカの化学戦争犯罪』(梨の木舎)を是非読んで下さい。

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