2006-10-11

支援隊 2006さわやかツアー報告記(14)忘れ得ぬ笑顔

耳の聞こえない人が、聞こえるようになった瞬 間の顔のときめきは、喩えようもない。

そして、その瞬間に立ち会えたことのうれしさは、また格別である。

こんなに美しい笑顔をもっていたのか、
いやそうじゃない、
みんなこういう笑顔を本来持っているんだ、と再発見した。

彼女の感激の サム・アップ。  
聞こえた?
はい・・・・・
良かったね。
はい。

この簡単な会話が出来ることの偉大さを、
普通の皆さんに分かって頂けるだろうか?

生命が輝いた時の笑顔ほど美しいものはない。

ハンディをものともせずに、突き進んで頂きたい。

あなた以外に、誰があなたの人生を生きることができるだろうか。

今どきの日本なら、これは、おカネの印だろうか。
ここタイビンでは、
「ついに聞こえたんだ」というアピールなのだ。

苦しんだがゆえに、このありがたさを分かってもらえるはずだ。

この青年の表情からは、「よし、遅れた分を取り戻そう」というガッツが読みとれる。

明日からは、さらに前へ前へ進んで頂きたい。

昨日よりも今日。今日よりも明日。

そのための補聴器である。補聴器は、その推力なのだ。


Posted by Picasa 「きこえたわよ」
喜んだ視線の先に、彼女の両親がいた。

素直に喜んでくれた
あなたとご両親、
精一杯の正装で来てくれたあなたとご両親に、
私は乾杯したい気持ちになった。

あなたの笑顔は、私たちの喜びだ。
同時に、寄付をして下さった方の歓喜であるはずだ。

会話が聞こえることは、「明日」が確実にあることだ。

ハンディを克服して、笑顔の毎日であって頂きたい。
もっともっと輝けるあなたに、

さあ、今日から、明日へ明日へと進もうではないか。


今回も、帰国してから、私は自分の記憶に輪郭を付けてきました。輪郭をつけるとは、書くことです。ツアーの責任者の一人として、今日はどうしよう、何をどうすればいいか、と常に神経を張りめぐらせる毎日です。大事なところでメモを取り忘れたり、写真のチャンスを逸することも多々あります。衣類を含めて寄付をして下さった方のためにも、記憶をたぐり寄せて書くことは仕事です。何10人と会う時、メモは欠かせません。メモをとるということは、記憶を忘却の彼方に押しやることを防ぐだけではありません。相手の話したことを聞き逃すまいとする真摯な姿勢の表れです。メモで話は広がります。これが相手を動かすのです。

物を差し上げたり、金銭を置いてくるほど楽なことはありません。皆様から頂いたものに付加価値をつけてゆくには、何はさておき絶対に対話が不可欠です。医者と患者の関係でもない、教師と生徒の関係でもない、役人と庶民の関係でもない、しかし、人間と人間の、どこかに慈愛溢れる精神外科医的、いや菩薩的要素が、この支援には強く求められていると感じます。相手の苦しんでいるところをいかにして探り出すか。他者のどこに痛みを感じるか。われら支援隊の愛をこめた熱血行動を、この種々の行動と文章の中から少しでも感じ取っていただければ、大変に幸いです。

最後にもういちど、今季の支援隊への暖かいエールに感謝申し上げます。ありがとうございました。すばらしい現場に立ち会わせて頂いたことに、心より感謝申し上げるとともに、来季もまた、引き続きよろしくお願い申し上げる次第です。(おわり) (文責:北村 元)

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